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星が砕けた日

 いつも通り、阿世によってボロボロになるまで打ち負かされた。

 昼過ぎから稽古を始めて、もう夕刻になろうとしていた。長時間稽古をしたことで、もはや立っていることができず地面に座り込んだ。


「安能、どうした? もう終わりか?」


 汗一つかいていない阿世が言う。俺が五歳児で、阿世は十二歳だ。

 子供相手と考えれば、さして疲れることはないのかもしれないが、阿世は俺が休憩しているときでも一人で激しい稽古をしていたので、涼しい顔をしている阿世はやはり大物だ。

 俺は服の袖で汗をぬぐうと、木剣を支えにして足に力を込め立ち上がる。


 ぷるぷる震える足では、なかなか思う様に立てず、今度は膝から崩れ落ちてしまった。

 前の世界では、このような状況になるまで運動を頑張ったことがないので、最初は死ぬかと思ってしまった。まあ、死ぬことはなかったのだが。

 荒い息をしていると、阿世が俺に近づいた。


「今日はこれで終わりだな。湯あみをしよう」


 阿世はそういうと、俺の腰に手を回して、ひょいと肩に担いで家へと向かった。

 俺は意外と阿世に担がれるのが好きだった。普段は厳しい阿世の優しい面が垣間見えるからだ。

 痛い思いをするのは勘弁だが、こうして疲れ果てた体には阿世のぬくもりが最初の癒しだと感じる。


 家に帰ると母がすでにお湯の準備をしてくれていたので、裸になってお湯で汚れを落とす。

 阿世も同じようにお湯を浴び始めたので、桶を持って後ろに回った。


「阿世兄さん、お背中流します」

「ああ、助かる」


 阿世の背中をお湯で綺麗にすると、布で背中をさすった。

 ごしごしと力を入れて垢を落としていると、阿世が振り向いて言う。


「交代だ。安能、後ろを向け」


 俺は言われた通りに阿世に背中を向けた。

 阿世はしっかりと力を込めて、俺の背中の垢を落としてくれている。

 それもまた気持ちよかった。父も同じようにしてくれるが、俺は阿世とのこの時間の方が好きかもしれない。


 お互いの汚れを落とし切り、麻布の服に着替えて縁側に二人で座ると、母が団扇であおいでくれた。

 そよ風を楽しんでいると、山並みに太陽が沈む時間になってしまった。


「あら、もうこんな時間。阿世ちゃん、今日は泊まっていかれてはどうでしょうか?」


 母の提案に阿世はこくりと頷いた。


「叔父上と伯母上が良ければ。安能、明日も稽古をしよう」


 とんでもない阿世の言葉に顔が凍り付いたのが自分でも分かった。

 稽古の次の日は、盛大な筋肉痛に悩まされるのだ。その状態で稽古をするなんて、正直考えたくない。

 恐怖に震える俺の気持ちも知らずに母は微笑ましそうに見ている。


 俺の生まれた馬家は武を重んじている家系で、父も若いころは武辺者であったらしい。

 そのせいで、俺にしっかり武芸を叩き込もうとしているのだ。確かに武術に長けるのは大事だ。特にこの世界では。

 書物を読んでいると、この世界のことがだいぶ分かってきた。


 この国はを治めるのは漢王室の人達だ。ようは王様なのだが、その王様の求心力が下がってきたせいか、数年前に大規模な農民による反乱があったらしい。

 これは大事態である。漢王室がひっくり返る可能性があったからだ。王様は治世に興味がなく、臣下が我がもの顔で天下を牛耳っている。反乱は起きるべくして起きたのかもしれない。

 反乱の勢いは全国に行き渡ったかに思われたが、結局は国軍によって平定されたため、俺達が住む地域では大した問題にはならなかった。


 そう。俺達はこの国の隅っこの州の、更に隅っこにいるのだ。

 反乱に呼応する者もいたが、俺達の住む地域に被害は及んでいない。

 中央から離れているということで、時勢から取り残されているようにも感じるが、今回はそれで良かったということだ。


 俺は今のところ、無事に成長している。

 不自由のない生活。愛してくれる父と母。この世界に来た当初は、なんとか前の世界に帰りたいと思っていたが、今はどうだろうか。

 情は間違いなく湧いている。もし離れるとなれば、泣くだろう。


 それくらい、俺は両親のことを愛してしまっているのだ。



 父が帰宅し、皆で夕食を楽しむ。

 今日は阿世がいるため、父は阿世に俺について色々質問していた。

 強くなれるだろうか。書物ばかり読んでいるが、やはり武芸を習わせた方が良いのだろうか、などなど武に関するものばかりだ。


 それについて、阿世はこう答えてくれた。


「安能は類いまれな存在です。今は本人がしたいようにさせるべきかと思います」


 思わず、うるっと来てしまった。

 阿世の優しさが、ここでも発揮されたのだ。普段の厳しさとのギャップがすごい。これは女の子でなくとも惚れる。

 父は少し考えこんでいると、阿世は言葉を紡いだ。


「武芸に関しては私が面倒を見ますので、ご安心ください。立派な男に成長させてみせます」


 恐ろしいことをサラッと言ってくれた。

 父と母はすごく満足そうな顔をしているが、俺は引きつった笑顔しか出せない。

 俺の心情に気づいてほしいものだが、それだけ俺に期待をしてくれているのだ。できる限りは頑張りたい。

 

 本当は嫌だけど。



 夜もいい時間になり、母が寝床の準備を始めた。

 もうそんな時間か。皆で話をしていると、時間が経つのも早いものだ。

 盛大なあくびをしていると、阿世がふらりと戸を開けて縁側へと向かったのが見えた。


 どうしたのだろうか。気になって追いかけると、外で夜空を見上げる阿世がいた。


「阿世兄さん、どうかしたのですか?」

「何かが起こる」

「何かとは?」


 首を傾げた俺は阿世にならって、夜空を見上げる。

 そこには満天の星空が広がっているだけで、特に変わった様子はなかった。

 夜空から目を離そうとしたとき、一つの星が一際輝くと流れ星となって夜空を流れた。


「流れ星だ」


 俺の呟きに阿世が答える。


「いや、違う。これは……」


 阿世に言葉を掛けようとしたとき、夜空に幾筋もの流れ星が見えた。

 流星群であろうか。とても貴重なものを見ることができたと思っていると、更に流れ星の数が増えていく。

 一体、何が起きているというのだろうか。


 不安になり阿世に目を向けると、阿世は何かに気づいたような表情を見せていた。

 そして険しい表情を見せ、天を見上げたまま言った。


「世が乱れるぞ」

「え?」

「乱世が始まる。これは凶兆だ」


 この日、この国の皇帝である霊帝は、その力を失うこととなる。

 国を統べるための王の力。皇帝だけが持ちえた、強大な魔法のような力、王力おうりき

 天下はこれを機に、大きく動くこととなった。


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