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夜が明けて

 日が昇ると、俺は正装に着替え、寝床に横たわる小蘭に目を向けた。

 許せ小蘭。俺は今から、君の死を最大限に使うつもりだ。いや、許してくれなくてもいい。

 これは俺が一生背負っていく罪なのだ。君との生活は忘れない。絶対に。


 俺は起きてきた万吉に朝食を作った。


「兄上、小蘭はどうかしたのですか?」


 キョロキョロと辺りを見回す万吉に俺は告げる。


「昨日の夜に暇を貰いたいと言われてな。しばらく休むことになった」

「そうなのですか……。寂しくなります」

「ああ、俺もそう思うよ」


 朝食を片付けて、屋敷を出た。向かうのは韓遂の屋敷であった。



 安能が屋敷を訪れたと聞いて、韓遂は満面の笑みを浮かべていた。

 昨日、決行とは聞いていたので、万吉の異変に気づきすぐさま駆けつけた、という事だろう。

 これで全て自分の思い通りになったのだ。応接間の扉を開けると優しい笑みを浮かべた。


「おはよう、安能。このような朝早くから、どうしたのだ?」

「韓遂様、昨夜、屋敷に勤めていた女中が死にました」


 安能の言葉に思わず、立ち上がりそうなほどの衝撃を受けてしまった。

 傍に控えている成公英にチラリと視線を向けて、落ち着きを取り戻し、さも驚いたような表情を見せる。


「どのようなことがあったのだ?」

「万吉が女中に毒を盛られそうになったのです」

「なんと?」

「その様子を私は見ていたので、もしやと考え、万吉と女中の夕食をすり替えたところ女中は眠るように死んでしまいました。おそらくは毒であったと思われます」

「そのような事が」


 舌打ちしたくなるような衝動に駆られた。

 安能はここでも、我々の上を行ったのだ。愚かな女中め。

 だが、毒を飲んで死んでしまったとなれば、万吉殺害の容疑をかけられることはできるので、こちらは平静を装うに徹しよう。


「では、その女中の身辺を洗おう。毒の入手は難しい。残念ながら、馬家との和睦に納得いかぬものも多い。家臣を疑いたくは無いが徹底的に調べることとしよう」

「はい。万吉にもしもの事があれば、韓遂様と叔父上の間に余計な疑念が生まれかねません。今後はより一層、万吉の警護をお願いいたします」

「分かった。万吉に手を出したとなれば、その女中の家族は――」

「それは不要かと。万吉殺害未遂は我々の内で留めておく必要がございます。知れば他の輩が同じ手を使うかもしれません。内密にし、調べ尽くすのが良きかと思います」


 安能の言うことも一理ある。下手に口外してしまえば、人質に危害が及んだとして、馬騰につけ入る隙を与えかねない。

 悔しいがここは安能に同調するしかあるまい。

 韓遂ここでも、腹の中が煮えるのを抑えた。


「分かった。そうしよう」

「何卒、よろしくお願いします。女中の弔いは様式に乗っ取ったものでお願いいたします。この毒殺未遂はここの三人だけの秘密ということで」

「うむ。後ほど、使用人を使いにだそう」


 安能は頷くと、深々と頭を下げて応接間から出ていく。

 その時、首だけを回して韓遂に目を向けた。

 刹那、韓遂は胸を射抜かれたような。首を斬られたような、恐怖に襲われた。


 安能の暗い瞳。そして、その内に秘めたるどす黒い殺意。まさか我々を疑っているのではないか。

 応接間の扉が閉まると、韓遂は椅子にもたれ掛かり浅い呼吸を繰り返した。


「韓遂様?」


 成公英が韓遂の表情を見て問い掛けた。


「儂らは見誤ったのかもしれん」


 安能の目を思い出すだけでさぶいぼが立つのが分かった。戦場でも味わったことの無い恐怖。

 それをたかが十四歳の子供が放ったのだ。

 もし、安能と敵対するような事があれば。あの敵意がこちらに向くとしたら。


 韓遂は嫌な想像を振り払うように首を振った。 



 小蘭の葬儀がしめやかに行われた。

 参列者の多くが泣き、悲しんでいる。その中で俺は必死に込み上げてくる感情を押し殺していた。

 ここで泣いてしまえば、韓遂に変に勘ぐられるかもしれないのだ。


 まだ監視の目は続いていよう。ここは徹底して平静を装うことにした。

 俺は葬儀が終わるまで眉ひとつ動かすことはなかった。



 万吉の警護の期限が過ぎたことにより、新しい警護につく者が屋敷に来たため、俺は万吉に別れを告げた。


「万吉、寂しくなるな」

「兄上……。私は馬家の息子です。ここで泣いたりはしません」

「ああ。強くなったな、万吉。また会える日を楽しみにしているぞ」


 俺は屋敷の門をくぐって、振り返る。

 多くの思い出が詰まっていることを思い出す。

 万吉と小蘭で笑いあった日々。そして別れの夜の事を。


 忘れてはならぬ。小蘭の覚悟と献身を。俺がそちらに行くまで待っていてくれ。

 必ずや、お前の仇を取ってやる。俺は決意をあらたに馬へと乗った。



 韓遂の護衛と共に馬騰の領地へと向かっていると、平野の向こうから馬に乗った人影が見えた。

 近くなったことで、その姿が分かった。孟起である。

 韓遂の護衛にここまでで良いことを伝えると、俺一人で孟起に近づいた。


「安能、護衛の任務を全うしたな。……何があった?」


 孟起が少し目を開いて、問うてきた。


「色々と沢山の事がありました。沢山……ありました!」


 涙がこぼれ落ちた。ここまで我慢してきた全ての感情が爆発したのだ。

 孟起は目を伏せると、少しして俺の目を見つめた。


「泣け。泣いて強くなれ。男の一生は、それの繰り返しだ」


 孟起の言葉で、更に涙が溢れた。

 こうして、俺の一年にわたる護衛の任務は終わった。

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