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告白

 小蘭が涙を流していることに気づいた俺はすぐに何事かを確認した。


「小蘭、どうした? 何があった?」

「私は……私は」

「小蘭、しっかりしろ」


 俺は小蘭の肩を手で掴んで、少しだけ揺すった。

 目の焦点が定まっていない。一体、何があったというのだ。


「小蘭、大丈夫だ。落ち着け。何かあったのなら話してくれ?」


 俺の言葉を聞いてか、小蘭の目が落ち着きを取り戻した。

 少し胸を撫でおろしていると、小蘭が突然、俺に抱き着いてきた。


「しょ、小蘭?」


 俺はいきなりの出来事に心臓が大きく高鳴った。

 その時に気づいた。小蘭の体が震えていることに。

 俺はそっと小蘭の背中に手を回した。


「小蘭、大丈夫、大丈夫だ。何かあったのだろう? 俺に話してくれ」

「安能様、お願いがございます」

「何だ? 言ってくれ」

「口づけを……。口づけをしてほしいです」


 俺はあまりのことに目を丸くしてしまった。

 口づけをしてほしい。高鳴る鼓動が耳にうるさい。

 小蘭の涙は止まっているが、まだ瞳を潤んでおり、今にも新しい涙がこぼれそうだ。

 

 俺は意を決した。


「小蘭……」


 小蘭の唇に俺の唇を重ねた。少しだけ。少しだけこのままでいたい。

 その欲を察したように、小蘭は唇を離した。


「こ、これで良かったのか?」


 何とか平静を装うが声が上ずってしまった。


「はい……。安能様に勇気をいただけました」

「勇気?」

「驚かずに聞いてほしいのです。私は万吉様を……万吉様を殺すように脅されたのです」

「なっ?」


 大きな声を上げそうになったが、慌てて口をつぐんだ。

 小蘭は話しを続けた。


「脅して来たものが何者なのか、分かりません。ですが、断れば三族皆殺しにすると……」

「皆殺し……。何故、そのような話になった?」

「私にも分かりません。市場で買い物をしていたら、突然脅されて……。毒を飲ませるようにと」


 小蘭は声を震わせながら言った。

 今日の様子がおかしかったのは、このせいだったのだ。俺がもう少し気を回すことができていれば。

 そのとき気づいた。


「万吉は?」

「無事でございます」

「そうか。思いとどまってくれたのだな」

「はい。ですが、毒を飲ませられなかったら、その時は……」


 親族を皆殺しにされる。そんな大それたことができるのか。

 万吉を狙ったのはなんだ。誰が、そのようなことを。人質として来ている万吉を殺せば、いらぬ厄介ごとが増えるだけだ。

 そうだ。韓遂を頼るのはどうか。まだ見定めることのできない男だが、人質の願いならば聞いてくれるだろう。


「小蘭、韓遂殿を頼ろう。それであれば――」

「私も考えました。でも、頼ってしまえば、安能様が韓遂様に大きな貸しを作ってしまいます」

「俺の身一つで済むなら安い話だ」


 貸しの一つがなんだ。馬騰にも迷惑をかけることにはなるだろうが、それは追々返していけば良い話だ。

 まずは小蘭と万吉の身の安全が最優先なのだ。


「安能様にもしものことがあれば、私が生きていけません」

「小蘭……」


 俺は小蘭の体を強く抱きしめた。何かいい案がないか。

 俺はただの十四歳ではない。知識なら詰め込めるだけ詰め込んだではないか。

 そう思っても、何も良い案が浮かばない。それならば。


「……小蘭。逃げよう」

「え?」

「逃げるのだ。万吉を連れて。闇夜にまぎれ、朝の開門と同時に馬に乗り駆ければ、逃げることができるかもしれない」

「何故、安納様がそのようなことを……。もし捕まれば最悪、死罪に――」

「分からないのか? 俺はお前が好きなんだ、小蘭。共に生きたいのだ」


 俺は思いのたけを全て喋ってしまった。

 逃げる。小蘭の親族の身の安全を図るのなら、馬騰から韓遂に話を通してもらう方法もある。

 家族を皆殺しにするなど、そう簡単にはできまい。


 それこそ統治者でもなければ。俺はその時、嫌な想像が過ってしまった。

 韓遂の冷酷な眼差しを思い出した。まさか韓遂が主導で。いや、俺達を嫌っている者達は多い。

 何がしかの策謀が渦巻いているのでは。


 俺は脳内で思いつく限りのことを考えたが、堂々巡りになるだけであった。


「安能様、私もお慕いしておりました」


 小蘭の目から一筋の涙がこぼれた。薄明りの中、微笑んでいる顔は俺が欲していた小蘭の笑顔だった。


「小蘭。大丈夫だ。きっと上手く行く。俺を信じてくれ」

「ああ、安能様。私は嬉しいです。あなたと想いが結ばれて」


 そう言うと、小蘭は俺のことを突き飛ばしてきた。思わぬことで体の踏ん張りがきかず、そのまま尻もちを着いた。

 すると、小蘭は懐から何かを取り出すと、粉のようなものを口の中に入れた。

 まさか。


「小蘭!?」

「私が失敗したのなら、親族には被害は及ばないと思います。安能様、生きてください。私のことは忘れて」

「そんなこと……。そんなことできる訳がないだろう!?」

「あなたの優しさは人を救う力があります。もっと多くの人を助けてください。」

「お前さえ助けることができない俺に、誰が助けられるというのだ」


 俺は大粒の涙を流した。何が転生者だ。好きな人も助けられない男に、何ができるというのか。

 小蘭は床に座りこむと、遠い目をした。


「私は……鳥になりたかった。自由に飛べて、どこまでも行ける鳥に……」

「あぁ、小蘭。小蘭!」

「安能様、涙を拭いてください……。私はあなたの笑顔が、大好きなのですから……」

「ああ。ああ、笑おうとも。お前の好きな顔をいくらでも見せる。だから」


 そう言っている間にも、小蘭の目が閉じかけていく。

 死が彼女に訪れようとしている。俺は涙を拭いて、精一杯の笑みを見せた。


「小蘭、お前が鳥になるなら、俺も鳥になろう。一緒に空を飛ぼう。どこまでも一緒に行こう」

「あぁ……。一緒に飛びたいです……。ずっと一緒に……」


 小蘭の目が静かに閉じられた。小蘭を抱きあげて、そのぬくもりを感じた。

 徐々に薄れていく体温。彼女が死んだことを残酷にも告げた。


「小蘭……。俺は……俺は……」


 作り笑顔などどこに行ったのか。俺は小蘭の顔に大粒の涙を垂らしている。

 笑えるものか。お前を失って、笑えなど到底無理だ。

 俺はむせび泣き、小蘭の死を受け入れた。

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