表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/29

這い寄る闇

 安能が韓遂の元に来てから、十ヶ月が過ぎようとしていた。

 成公英の話によれば、小蘭という女中との関係はかなり良好ということだった。

 策を弄するなら今が好機だろう。鈴を鳴らして使用人に成公英を呼び出させた。


 成公英が部屋に来ると、韓遂は早速、万吉殺害の件を話す。


「成公英よ。首尾はどうだ?」

「はい。此度は毒を使っての暗殺と致します」

「毒か。それならば女中がやはり適任だな。どのように指示をするかの? 脅すか?」

「そのやり方が無難かと。ただ、ここで我々の動きを安能に察知される訳にはいきません。我々の指示を隠す必要がございます」


 韓遂は成公英の言葉に耳を傾けた。


「審端という男を覚えておいでですか?」

「市場の裏でコソコソ動いているやつだな。そいつを使うのか?」

「はい。毒の入手から女中の脅しまで、一貫してやらせる予定です」

「なるほど。その審端という男は使えるのか?」

「汚れ仕事には適任かと」


 汚れ仕事か。裏の世界で住む人間には打ってつけの仕事という訳だ。

 しかし、韓遂には一つの懸念があった。


「我々との関係を疑われる心配は?」

「猜疑心の塊のような男ですが、そこは大丈夫と考えます」

「安能にバレる事は避けたい。事が終われば始末しておけ」

「承知しました」


 安能という存在がこちらにとって脅威とならないようにせねば。

 厄介なものは、こちらの手中に置く。場合によれば、馬騰を揺さぶる手にもなるかもしれない。

 才能のあるものを早々手放す馬騰ではあるまい。


 万吉よりも余程価値があるというものだ。馬騰がどのような顔をするか今から楽しみだ。



 馬騰からの手紙で万吉の護衛はあと二ヶ月と書かれていた。

 この一年ほどで、万吉も生活には慣れている。小蘭のことも慕っているので俺が離れても、生活は回るだろう。

 ただ、少し離れ難い気持ちが俺には湧いてきていた。何も知らぬ土地で縁が深くなった小蘭。


 俺は彼女の笑顔を見るのが好きであった。恋心にも近いものが芽生えている気がする。

 ここで去るのは後悔が残りそうだ。いつかこの心だけでも伝えた方が良いのだろうか。

 いや、拒絶された時の事を考えると、気後れしてしまう。


 そうして、悶々とした日々を過ごすこととなった。



 今日の料理を考えながら、市場を歩く。

 万吉の好みと、安能の好みは少し違うので、どちら寄りにするかを考えないと。

 昨日は万吉の好物を作ったので、今日は安能の好きな料理にしようか。


 そう考えながら歩いていると、背後にピタリと人がついていることに気づいた。


「動くな。動けば刺す」


 背中に突き付けられた何かが、肌にチクリと刺さった。

 その痛みは私の体を硬直させるに十分なものだった。男は耳元に口を近づけて来た。


「その先の路地裏に行け。断るようなら」


 肌を刺す痛みが少しだけ強くなった。逃げるような素振りをしてしまえば、相手を逆上させてしまうかもしれない。

 ここは従うしか、自分の身を守れない。私は男の言う通り、路地裏へと向かった。

 路地裏には二人の男が立っていた。どちらも麦わら帽子を深くかぶっており、その表情は読み取れない。


「怖いことをして悪かったね。お嬢さん」


 悪びれている様子は微塵も見せず、男は言った。


「な、なんの用ですか?」

「ちょっとお願いしたいことがあってね。お嬢さんに手を貸してほしいのさ」

「お願いごと?」


 私の問いかけに、男は懐をまさぐると紙を折りたたんだものを見せてきた。


「この中に入っているものを、万吉様の食事に混ぜる。ただ、それだけのことだ」

「そ、それは?」

「毒だ。眠るように死ねるやつさ。苦しむこともなかろうて」


 男のニヤリと笑った。

 何故、毒を万吉に飲ませようとしているのか。この男達は何を考えているのか。

 それを問いただそうを口を開けた時、男が人差し指を口に当てた。


「余計な問答はなしだ。お嬢さんは受けるしかない。家族を皆殺しにされたくなければね」

「えっ?」

「いや、三族皆殺しだな。それくらいは造作もなくできる。お嬢さん、受けてくれるかな?」


 三族皆殺し。親兄弟だけでなく、他の親族まで容易に殺すことができる。そんなことを言われてしまえば、私に拒否権はなかった。

 男が差し出した折りたたんだ紙を手にすると、私は生唾を飲んだ。

 万吉の屈託のない笑顔をが浮かぶ。家族のように慕ってくれる万吉を殺すようなことは。


「決行は今日だ。もし、明日、万吉が生きていたら……。あとは分かるね?」


 更に追い打ちをかけられてしまった。

 毒を飲ませる前に役所に逃げ込めば、なんとかなるのではと思っていたが、その猶予はない。

 どうする。どうしたらいいの。


 ふと、安能の顔が浮かんだ。安能に相談すれば、もしかしたら。

 でも、それは安能を巻き込んでしまうことになる。安能にもしものことがあったら、私は。


「さあ、お嬢さん、もう戻りなさい。くれぐれも気取られぬように」


 男はそう言うともう一人の男を伴って、私が来た路地裏の道を通り、市場へと消えて行った。

 私はこれを万吉に飲ませることができるのだろうか。

 震える手で毒薬の入った紙を手にして、一人静かに泣いた。



 陽が沈みかけた頃に小蘭が帰ってきた。

 普段より遅めの帰宅だ。料理を手伝おうと立ち上がった時、小蘭が声を上げた。


「安能様、今日は私だけで大丈夫です。ゆっくりされていてください」


 俺の顔を見ずに言った。普段と様子が違うことに違和感を覚えたが、小蘭がそう言うならこれ以上言うのは無粋であろう。

 俺は万吉に文字を教えて夕食を待つことにした。


「夕食ができあがりました」


 小蘭の声が聞こえたので、俺と万吉は食卓に着いた。


「私は、少し片づけたいものがあるので、お先にどうぞ」

「片付けなら、俺も手伝おう」

「いえ、すぐに終わるので。先に食べていてください」


 やはりここでも小蘭らしくない。何か抱えている悩みでもあるのだろうか。


「小蘭、今日は様子がおかしいぞ。何かあったのか?」

「何もございません。鍋を焦がしてしまったので、固まってしまう前に綺麗にしておきたいのです」

 

 俺の問いかけに、小蘭は背中を見せたまま返してきた。

 ますます、様子がおかしい。椅子から立ち上がり、声を掛けようとしたが、小蘭はすぐに屋敷の外へと出て行ってしまった。


「小蘭はどうかしたのですか?」


 万吉も何か気になったのだろう。少し不安げな表情を見せた。


「大丈夫だ。明日にはいつもの小蘭に戻るはずさ」

「そうですね。では、食べましょう」

「ああ、食べようか」



 夜も更けてきたのだが、眠気が来なかった。

 なんとなく落ち着かない。今日の小蘭の態度のせいか。

 もし、明日もあの様子だったら話を聞こう。いつもの小蘭の笑顔を見たいと思っている。

 

 眠れない夜を過ごしていると、床がきしむ音が聞こえた。

 このような夜更けに誰だ。俺は部屋の隅に立てかけていた剣を手にした。

 ゆっくりと歩いてくる音に神経を集中させていると、部屋の戸の前で音が止んだ。


 少しの沈黙が流れると、戸が静かに開けられた。

 闇の中では誰だか分からない。俺は思い切って声を掛けることにした。


「何者だ?」

「安能様、小蘭です」

「小蘭か。驚かせるな。このような時間にどうかしたか?」


 俺は安心したので、油に火を点けた。

 そこには涙を流して、立ち尽くす小蘭の姿があった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ