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穏やかな日々

 宴席後の俺達の扱いは思ったよりも厳しいものだった。

 屋敷にいるときはまだ良いが、街中の散策や市場での買い物など、外に出ると常に監視の目を感じる。

 下手な気を起こさなければ、何もしては来ないだろうと考えて、今は素知らぬ顔をしていた。


 韓遂の下へ万吉と来て以降、馬騰と韓遂の間での緊張状態はかなり緩和されたようだ。

 小蘭にもそれとなく聞いてみたが、街中に流れる空気が良くなったと言っていた。和睦は上手く行ったようだ。

 あとは人質としてきた万吉が、いつまでここに留まるのか。俺の護衛もいつまで続くのか。


 考えても仕方がない。今は万吉との時間を過ごし、少しでも馬家の男として鍛え上げることにしよう。



 安能という男からは、今まで受けてきた威圧的な物言いや、やつ当たり、叱責などがなかった。

 それどころか、気を利かせて私の仕事である買い物や家事、料理なども率先して手伝ってくれる。

 一緒に暮らしているのだから、これくらいは当然だ。といってくれたが、正直最初は信用できなかった。


 だけど、私の料理が失敗した時には、これも味わいがあると言ったり、家事のときにへまをしても私に怪我がないかを心配してくれた。

 女中として子供の頃から屋敷で働いていたが、ここまで優しい男には出会ったことがなかったので戸惑いの連続だった。

 聞けば、歳は十四と私と同じであったが、他の男達と比較するととても大人びている。というか、落ち着きすぎている。


 屋敷で過ごしている時は、万吉に文字の読み方や、剣の稽古などをつけていたが、ここでも万吉に強く接するようなことはなかった。

 生来の優しさというものがあるのならば、安能にはそれが宿っていると思う。

 安能という男は他の男達と違う。いや、何か別の人種のように感じてしまう。それほどに違和感を覚えてしまう優しさだった。



 韓遂の下に来てから半年が過ぎようとしていた。

 その間に馬騰と韓遂の間でのいさかいや、険悪な雰囲気など流れることもなく、お互いが様子見といった具合に情勢は落ち着いていた。

 実家から度々手紙が届くがもちろんのように検閲ずみだ。外部からの画策で下手な動きを見せるようなことがないようにだが、家族との繋がりを感じられる手紙を他の者が読んだと思うと、少し頭にくるものがある。

 それも人質としての生活の一部。そう考えるしかない。


「安能様、お茶をどうぞ」

「小蘭、ありがとう」

「お手紙ですか?」

「ああ。色々と心配をかけているようだ。父上はまめな方だからよくこうして送ってくれる」


 この半年の間に小蘭とも、家族のような繋がりを持つことができた。

 聞けば、小蘭は五歳の時から女中として韓遂の下で働いていたそうだ。

 要は食い扶持は自分で稼げということで、実家は子沢山だが金銭的には恵まれた環境ではなかったらしい。


 女中として働いても、手紙の一つも寄こさなかったと笑い話のように言ってくれたが、ふと見せた表情には曇りがあった。

 無理のない話だ。誰だって家族と離れれば寂しく感じる。万吉もよく寝言で自分の母の名前を呼んでいた。

 不遇な境遇の二人を見ると俺は改めて恵まれていることを知った。


 だからこそ、二人にはここでだけでも家族のように過ごしてほしかった。

 家族ごっごかもしれないが、それで二人の心に温かな思い出が残ればいい。

 そうして日々を過ごしていた。



 今日は小蘭と買い物のために市場に来ていた。

 活気づいている市場の中で食材を品定めしていると、遠くから悲鳴が聞こえた。

 俺は小蘭を伴って、悲鳴のしたところへと向かった。


 人だかりでよく見えないのでつま先立ちで、様子を伺った。

 そこには、嫌がる女性を引っ張る男と、その姿を見て薄ら笑いを浮かべている男達がいた。

 その男達の中心にいる者に見覚えがあった。審端であった。


 馬騰が治めるようになってから、街から消えたと聞いたことがあるが、まさか韓遂の都市へ移動していたとは。

 俺は腹が煮えそうなのを抑えて人だかりを押しのけ、女性と男の前に立った。


「お前達、何をしている?」

「あん? てめえに関係ないだろうが」

「これだけの人が見ているんだ。説明くらいしなければ、役人が飛んでくるかもしれないぞ? なあ、審端殿?」


 俺は横目で審端にきつめの視線を向けた。

 審端は眉をひそめて、俺のことをじっと見ると、あっ、と声を上げた。


「安能坊ちゃんではありませんかぁ。お話は伺ってますよぉ。人質の護衛をされていると。このような場所で出会うとは、なかなかの奇縁ですねぇ」


 相変わらず、ねちっこい話し方をする。

 こいつのせいで父は一時期、謹慎処分を受けた。その恨みは忘れてはいない。


「で、審端殿、これはどういうことですか?」

「ああ~、これはお見苦しいところを。ただの借金の取り立てですよぉ。この娘の父親が、相当な博打打ちでしてねぇ。借金の肩代わりに今から身売りをしてもらうところだったんですよ」

「何?」


 俺は女性を見ると、首を何度も横に振った。


「莫大な利子をつけて金を貸したのは審端です。それに気づいた時には借金が膨れ上がって……」

「黙れっ! お前の父とは了承済みの話だ。観念して素直に売られろ」


 女性の言葉は正しいのだろう。審端という男は、そういう小ずるい真似をして生きている。

 都市を変えても同じように生きることができるのは、ある意味才能かもしれない。


「小蘭?」

「はい、何でしょうか?」

「銭をもらえないか?」

「えっ?」

「良いから」


 俺は小蘭から銭袋をもらうと、審端に向けて放った。

 それを見た審端は意味が分からないのか、首を傾げた。


「これはどういうことですかな?」

「利息分にしかならないだろうが受け取れ」

「ほっ。また正義の味方気取りですか?」

「どうとでもいうが良い。彼女を離してやれ」


 審端は銭袋を取ると、中の金を確認した。そして、ふん、と鼻で笑った。


「確かに利息分にはなりますなぁ。で、こんな女を助けて、どうするおつもりで? またすぐに身売りされるのがオチですぞ?」

「韓遂様に頼んでみるさ。あこぎな商売をしている者がいるとね」

「くっ……」


 今まで余裕を見せていた審端の表情に焦りが見えた。

 残念ながら今の俺にはこいつを捕まえることはできない。韓遂に頼るという手段しかないのだ。


「いつまでも正義気取りをしていては、いずれ痛い目を見ますよぉ? おい、女を離せ」 


 審端は指示をすると、女性を引っ張っていた男は渋々手を離した。


「それでは安能坊ちゃん、失礼します。いつかまたお会いしましょう」


 そう言い残して審端は人混みに紛れて消えていった。

 助けた女性は何度も礼を言ってきたので、金の工面は相手を選ぶようにと言って、その場を去ろうとした。


「小蘭、行こうか」


 小蘭は俺を見たまま固まっている。しまった。夕飯の材料を買う金を失ってしまった。

 それで小蘭は途方に暮れているのだろう。


「小蘭、すまない。夕飯の材料が買えなくなってしまった」

「へあっ!? い、いえ、昨日の残り物で良ければ料理は作れますので、大丈夫です」


 慌てて小蘭は言った。夕飯を食いそびれる事が無さそうなので安心した。

 俺はまだどこか呆けている小蘭を伴って家路へと着いた。



「ふむ、安能がそのような事を。良い。審端とやらには手を引くように伝えておけ」


 韓遂はそう言うと、手を払うようにして報告に来た者を部屋から追い出した。

 部屋に残っているのは成公英だけとなった。

 韓遂はあごに手を当て、ため息をつく。


「全く。手をかけさせてくれるわい」

「しかし、多くのもの達が、安能の振る舞いを見ております。次第にその名声は高まるかと」

「そうだな。厄介な小僧だ。十四歳と思って侮ってはならんな」


 馬家の名声が上がってしまえば、韓遂の偉光が下がりかねない。

 対等な立場で合意した和睦も、庶民の見方が変われば馬家寄りのもの達が現れかねない。


「何かしらの手を打つか? 成公英よ」


 成公英は思案するように、短い時間目を閉じた。


「良き案がございます」

「ほう? 言うてみろ」

「万吉を殺し、安能を人質に変えるのです」

「ふむ。なるほどな。だが、馬騰から横槍が入りはしないか?

「万吉を死なせてしまった後悔の念から、韓遂様のお屋敷にて徹底して守るとでも言えば良かろうかと」

「安能が人質となれば、馬騰一族の戦力も削げる。それに儂の庇護下に置けば、自ずと儂の偉光は増す。ということじゃな?」


 韓遂の言葉に成公英は頷いた。やはり切れ者よ。

 このような人物は馬騰にはいまい。万吉が死ねば、そのまま安能を人質へと変えても、口を挟むことはできないだろう。


「だが、少し問題がある」

「なんでしょうか?」

「安能は切れ者よ。下手に動けば勘づかれるぞ?」

「それならば、良き者がございます。監視の者からの報告では、安能が気を許している者がおります」

「ほう? 何者だ?」

「安能の屋敷で女中を勤めている、小蘭という者が適任かと」


 成公英の策を聞き、韓遂は膝を手で叩くと笑い声を上げた。

 気を許しているものであれば、殺す機会はいくらでもあるというもの。

 韓遂は不敵な笑みを浮かべ、その機会をいつにするか成公英と話をした。

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