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守った小さな世界

 俺達の小さな戦争が終わってから一年後。

 大陸の中央では王力を手にした者達が、この大陸の覇者にならんとして戦いが繰り広げられていた。

 この涼州にも伝わってくる情勢で、俺が気になっている人物が二人いた。


 曹操 孟徳と劉備 玄徳だ。

 二人とも王力を保有しており、反董卓連合が瓦解した後、それぞれがよって立つ地を手にしている。

 曹操は父親を殺害した者が統治していた土地で虐殺を行ったことで、世間では董卓に次ぐ程に恐怖されているところがあった。


 逆に劉備は正義の人と呼ばれている。曹操とは違い、庶民に優しいため人心を掌握しているようだ。

 俺が二人を気にしているのは、記憶を刺激されたからだ。

 劉備の名を聞くと心が熱を帯び、曹操の名を聞くと肝が冷えるような冷気を感じる。


 前の世界での記憶に、二人の存在があったような気がしている。

 曹操と劉備。悪と正義。

 単純に二分できない、この乱世で二人の英雄はどのような道を進んでいくのか。俺はこの涼州から眺めるしかない。


 十四歳の俺にはまだ遠い世界なのだ。



 孟起の結婚式に参加するため、俺と両親は馬騰の家へと向かっていた。

 参列する人が多いのか、屋敷の前では人だかりができている。これは中に入るまで時間がかかりそうだ。

 そう思っていると、屋敷の裏手から二人の男が姿を見せた。


「叔父上、伯母上。ご健康そうでなによりです」

「お、阿能! また背が伸びたな。追い抜かれないように気をつけないとな」


 声を掛けてきたのは、阿陽と阿興。

 いや、すでに成人の儀を終えたので、二人の名前は変わっていた。


嘉月かげつ兄さん、魯仁ろじん兄さん、お元気そうで良かったです」


 阿陽は馬休ばきゅう 嘉月。阿興は馬鉄ばてつ 魯仁と名を変えたのだ。

 俺も翌年になれば新しい名前が与えられると思う。どのような名前が与えられるのか。今から楽しみだ。


「表から入ろうとすると時間がかかりますので、裏手から入りましょう」


 嘉月がそう言うと、俺達を先導して屋敷の裏手へと回った。

 屋敷では宴席の準備が終わりつつあるようで、あとは参列者が集まれば結婚式が始まる。

 集まっているのは軍人や役人で位の高い者達もいるので、身分をわきまえて少し離れた席に座った。


 式の準備が終わったようで、屋敷から孟起とその妻となる女性が姿を見せた。

 とても美しい女性だと素直に思った。今回の結婚は地元の有力者との政略結婚と聞いている。

 馬一族の勢力を考えると、美しい娘を使って取り入りたいと思うものであろう。


 孟起を見ると、普段と変わらず凛々しい顔立ちをしている。結婚式なので、少しは照れたりするのかと思ったが、どうやらここでも堂々としているようだ。

 結婚式はつつがなく進み、宴席が始まった。豪勢な食事が振舞われ、味を堪能していると見知った顔の男が酒を運んでいた。


「雷白さん、お久しぶりです」


 俺が声を掛けたのは雷白だ。馬騰の家にて労役刑を科せられたのち、刑期を満了したがそのまま馬騰の屋敷で働いている。

 雷白は俺を見て、深々とお辞儀をした。使用人のため、宴席で長々と話すわけにはいかないので、俺は笑顔で返した。

 宴席は陽が沈むまで続いた。父と母は今、馬騰と話をしているので、俺はそっと席を立って外へ出た。


 外で爽やかな風を感じていると、一つの小さな影が近づいてきた。

 視線を向けると、そこには愛くるしい笑みを浮かべた少女がいた。


せつ、元気にしていたかい?」

「阿能お兄様、お久しぶりです。お会いできて嬉しいです」


 雷白の姪である雪は今、馬騰の屋敷で召使いとして雷白と同じく働いていた。

 董卓の娘という情報は完全に隠匿され、平民の出の少女として扱われている。雪と笑い合っていると、宴席の仕事がひと段落したのか、雷白が俺達に近づいてきていた。


「雷白さん、ここでの生活はどうですか?」

「馬騰様のおかげで、雪と共に穏やかに過ごすことができています。これも全ては阿能様たちのおかげです」

「全部、雷白さんと雪が頑張った結果ですよ。俺達はその姿に感化されただけです」

「そのようなお言葉をいただけると安心いたします」


 穏やかな笑みを見せる雷白。

 雷白と雪は大変な逃避行の末に安住の地を得ることができた。俺はできれば、それを守っていけるようになりたい。

 この小さな幸せを守っていけるような男に。



 孟起の結婚式から一ヶ月が過ぎた。

 俺は家の庭で剣の稽古をしていると、孟起の姿が見えた。孟起も一軍の将となったので、こうして俺の家を訪ねることは減っていた。

 孟起に声を掛けようとした時、その後ろを歩く少年の姿に気が付いた。


「孟起兄さん、万吉まんきち、二人でどうかしたのですか?」

「阿能、お前に頼みたいことがある。万吉の護衛として、韓遂の元へ向かってはもらえないだろうか?」

「韓遂? どうして韓遂の元に万吉を?」


 万吉は馬騰の側室の息子で、まだ六歳である。

 そんな子供を、馬騰といがみ合っている韓遂の元へ連れて行くのだろうか。


「韓遂との和睦の目途が着いた、ということだ」

「では、まさか……」


 俺は和睦と聞いて嬉しい反面、そのための目途という言葉に悲しみを覚えた。


「ああ。万吉は韓遂の元で暮らすことになる。人質としてな」


 


 

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