結末
亭順の部下が全て殺されると、孟起が雷白へと声を掛ける。
「手配書の男だな?」
雷白は観念したように小さく頷いた。孟起が雷白に体を向けたので、俺は慌てて雷白の前に立つ。
「孟起兄さん、待ってください。この人には事情があるんです」
「それを確認するのは役人だ。この男は馬英さんに引き渡す。それで良いな?」
孟起は厳しい口調で言った。肯定する以外の言葉を認めないような圧力に俺は少しだけ抗った。
「分かりました。でも、あの子の保護をお願いします」
「あの子とは?」
「あちらに隠れている女の子です」
俺が女の子が隠れていた木陰を指さすと、孟起は事情が読めたのか女の子からすぐに視線を外し、俺に言う。
「罪状にあった、子供の誘拐の被害者か?」
「こちらにも事情がありますが、役人に引き渡せば厄介な話になります。叔父上の家に匿っていただきたいです」
「深い事情がある、ということだな」
察してくれた孟起に俺は視線を合わせて頷いた。
あの子は亭順の言葉によれば、董卓の子供ということになる。董卓の子供と知られれば、どのような扱いを受けるか分からない。
「分かった。父上に我が家で匿えるか話をしてみよう」
「ありがとうございます」
「安心するにはまだ早い。あの男の話次第で扱いは変わる」
「……分かりました」
俺は肩で息をしている雷白の傍に小走りで向かった。
「雷白さん、大丈夫ですか?」
「ああ。おかげで助かった。本当にすまない。あの子は俺にとって大事な子だ。何とか助けてほしい」
「お任せください、とは言えません。でも、俺にできる限りのことをします。それは約束します」
俺の言葉に雷白は深々と頭を下げた。涙を流しているようで、肩が震えている。
後は父に任せよう。公正な判断をしてくれるに違いない。
「阿陽、阿興、こっちに来い」
孟起が二人の名を呼ぶと、ばつの悪そうな表情で近づいてきた。
俺も孟起の前に立った。こんな危険な真似をしたのだ。拳骨の一つでも貰わなければ許されないだろう。
俺と阿陽、阿興が並ぶと、孟起が大きく両手を広げた。
思わず目をつぶると、力強く体が引っ張られた。目を開けると孟起の顔が目の前にあった。
何が起きているのかすぐには分からなかった。孟起から熱が伝わってくる。俺達三人はきつく抱きしめられているのだ。
「お前達のしでかしたことは蛮勇だ。身の程を知れ。だが、生きてくれて良かった」
またきつく抱きしめられると、その両手から解放された。
俺達は笑みを浮かべる。阿陽は胸を撫でおろしており、阿興はへへへ、と鼻の下を指でこすっていた。
二人とも怖かっただろう。落ち着いたら人を殺したことで恐怖が蘇り心に影を落とすかもしれない。
それでも、俺達は義のために戦ったことは胸を張って良いことだと思う。
この大きな世界では小さな戦い。だが、俺達にとっては忘れられない戦争であった。
◇
雷白と女の子を連れて、俺達の街まで戻ってきた。
その間に孟起から話を聞かされた。
俺達がこそこそと雷白のことについて嗅ぎまわっていたのを父は見抜いていた。
そのため、俺達を監視してほしいと孟起に頼んでいたそうだ。父の機転のおかげで命拾いをしたということだ。
俺も雷白について、亭順とのやり取りを話し、事情があったことは伝えた。
孟起はそこについては、簡単に納得はしてくれなかったが少しでも雷白の助けになればと何度も頭を下げた。
街の門には仁王立ちしている父の姿があった。顔向けできないというのはこういうことだろう。
間違ったことはしていない。だが、それで父にどれだけ心配をかけたかことか。俺には父の気持ちの全てを汲むことはできないが気が気ではなかったに違いない。
父と孟起が話をし、雷白は手枷をつけられると街の中へ入っていった。
女の子についても話が着いたのか、連れていかれることはなかった。俺は孟起達と共に叔父上の家へと向かおうとした。
が、俺は父に首根っこを掴まれた。鬼の形相で厳しい言葉で叱られた。
阿陽と阿興はその様子を見ながら苦笑している。二人とも俺と同じように叱られるべきだと思った。
◇
俺は父より謹慎処分を受けることになった。家から出ることを禁じるというものだ。
話を聞いた母も父に同調したため、厳しい監視の目を受けることになった。仕方ないので書物を読み漁る。
雷白は無事だろうか。女の子は匿ってもらえただろうか。
父にそっと話を伺ったが、厳しい視線を向けられれば黙ることしかできなかった。
そうして十日が過ぎた。いつも通り本に視線を落としていると、家の戸が叩かれた。
母が返事をし、戸を開けた音が聞こえた。
「阿能」
帰ってきたのは父のようだ。俺は声に従って部屋から出ると、玄関に父と雷白がいるのを見て驚きの声を上げた。
「雷白さん!」
「阿能くん、礼を言いに来た。本当にありがとう」
「いえいえ。そんな。父上、雷白さんはどうなったのでしょうか?」
ここに来たということは死刑という最悪な事態は避けられたのではないだろうか。
俺の言葉に父は腕組みをして答える。
「彼の罪状は旧董卓の部下が役人に吹き込んだものだ。ただ、でっち上げでもない」
「どういうことでしょうか?」
「阿能が助けた少女は董卓の子供ということは知っているな? 雷白はあの子の叔父にあたる存在だ。董卓の暗殺の混乱の際に少女の母が殺されてしまい、姪の命を救うために戦った」
「では、あの子のために戦って人を殺したことが罪ということですか?」
父はこくりと頷いた。
そんな馬鹿な話があってたまるか。董卓の子供ということで命を狙われ、王力を継承している可能性が出れば追いかけられることになった。
姪の命を守るため、そして利用されないように戦ったことが悪いことになるのか。
「父上、それを罪と言えるのでしょうか?」
「お前が言いたいことも分かる。生きるため、守るために戦ったことは間違ったことではない。だが、それを罪という者達がいることも理解してほしい。それに董卓の縁者となれば、尚更だ」
董卓は悪逆非道の限りを尽くしたため、その縁者となれば厳しい目を向けられるのは当然だ。殺されても誰も悲しまないかもしれない。
「雷白さんも、あの子も時代の被害者です。董卓の縁者と言っても――」
「分かっている。だが、そのまま解き放っては捕らえた側としてもメンツが立たない」
「……では、どうするのですか?」
俺は父の出方を伺った。俺の強い視線のせいか、父は深いため息を吐いた。
「罰としては労役刑が下された。とは言っても、兄上の屋敷での労働刑だがな」
「ということは?」
「雷白は兄上の屋敷に厄介になるということだ。少女も血縁を隠し、兄上の家で世話をする」
「では、二人とも一緒に過ごせると?」
「大きな声では言えないが、そうなるな」
良かった。叔父と姪が離れ離れにならずに済んだのだ。これは嬉しい誤算と言ってよい。
どのような刑が科されるのか気が気ではなかったので、胸を大きく撫でおろした。
「父上、ありがとうございます」
「礼ならば、兄上に言いなさい。兄上が手を回してくださったおかげだ」
馬騰だけの力では、ここまでいい結果にはならなかっただろう。
父も減刑やその後の扱いのために奔走したに違いない。父に深々と頭を下げると雷白に目を向けた。
「良かったですね、雷白さん」
「ああ、君には。いや、君達一族には頭を下げても足らない。必ず、君達のためになるように生きよう。絶対に」
清々しい表情で雷白は言った。
俺達の戦いは考えうる中で、かなり良い結果に終わったのだ。それが嬉しかったのか、緊張の糸がほぐれたのか、床にへなへなと腰を落とした。
ああ、本当に良かった。俺の初めての戦いは、人を救うことができた戦いだった。世界には人それぞれの義があるだろう。その中で俺の義が正しいかは分からない。
ただ、一つ言えることは、悲しみを背負った男と、無垢な少女の命と絆を守ることができた。
俺はそれが嬉しくて、小さく泣いた。




