王力対王力
目にも留まらぬ早さで雷白が飛び出すと、それに亭順は応じて剣を振り下ろした。
剣がぶつかり合い、轟く金属音。その衝撃はこちらにまで及ぶような力強さだった。
雷白と亭順のつばぜり合いは徐々に亭順が押し込む形へと変わっていく。このままでは切り伏せられてしまう。
せめて、少しだけでも亭順の注意を逸らせれば。俺はそう考えたときには、すでに駆け出していた。
子供の俺にできることは、その身長の低さを活かした下からの攻撃だ。雷白の影に隠れるように動き、ギリギリまで接近してから、亭順に向けて剣の切っ先を向けた。
「はあっ!」
俺の出しうる全力での一撃。それを剣に乗せて高速の突きを繰り出した。
その一撃は亭順の脇腹に突き立った。その先に感じるはずの生々しく、鈍い切り味が手に届くと思った。
そこで、俺は驚愕に目を見開いてしまった。
亭順の脇腹には薄い鎧しかないはずなのに、剣はまったく突き刺さっていなかった。
どうして。たとえ、子供の一撃でも鎧に刺さる程度の力はあったはずだ。
俺の思考を読んだのか、亭順が再び声を上げて笑った。
「ガキの力程度で王力を突破できると思うなよ。董卓様の王力は武具も含めて強化だ。俺の鎧を貫くには、全然力が足りねぇなぁ」
勝ち誇った亭順の言葉に絶望を覚えてしまった。王力を突破するには、王力並みの力がないとダメだということだ。
王力を突破できるほどの力は、今の俺にはない。それこそ、孟起ほどの力がないとかすり傷一つつけることができないだろう。
悔しさがこみ上げた時、亭順の足が俺を蹴り上げてきた。
「ごほっ?」
宙に上がって、地面に叩きつけられた。
「い、痛い……。うう……」
悔しさで視界がにじむ。俺には何もできないのか。亭順を倒すことも、雷白を助けることも。
涙がこぼれそうになった。無力すぎる。
亭順は雷白に向き直ると、一気に力を込めて押し込んだ。雷白の膝が地に着く。そのまま剣を押し込まれれば、雷白が切られてしまう。
俺には何もできない。無力感は体の内で燃えたぎっていた熱を奪っていく。
視線は地面に向き、涙が地面をにじませる。その地面のシミ見て、俺は記憶が刺激された。
孟起との訓練ではどれだけ叩きつけられても、涙だけは流さなかった。
確かに、孟起は俺が動けなくなるまで打ち込んでくる。それに耐え抜いて、強くなったはずじゃないのか。
一度の攻撃の失敗で絶望するほど、俺は弱いのか。それは違う。孟起の前でも絶望しなかった俺が亭順に絶望していては、亭順が孟起よりも強いことになってしまう。
それだけは許せない。それだけは、絶対に。
「くっそーーーー!」
俺は腹から大声を上げて、絶望を跳ね除け立ち上がった。
俺の声に気を取られたのか亭順は少し力が抜けたようで、その隙に雷白は剣を弾いて一旦距離を取った。
俺は負けていない。心だけは負けてはいけない。孟起の顔に泥を塗るような真似もしたくない。
「俺は! 負けていない!」
「ガキが! なら、てめぇから殺してやるよぉ!」
亭順は俺の方に体を向けると、一瞬で距離を縮めてきた。
剣を横に構えた亭順は、俺を両断しようとしている。剣で受け止めても、簡単に折られてしまう。
後ろに飛びのいても、次の一手で確実に殺される。ここで活路を見出すには。
俺は姿勢を低くする。限界まで姿勢を低くした俺は足に力を込めて地面へと飛び込んだ。
亭順の剣が頭上スレスレを通り抜けていく。
空を斬った亭順の一撃。俺はそのまま、一気に走った。俺一人では奴には届かない。
届くとしたら。
俺は雷白の元に駆け寄った。
「雷白さん、もう一度仕掛けてください」
息も整わぬまま、雷白へ話しかけた。
「しかし――」
「もう一度です!」
雷白は俺の勢いに押されるように頷くと、剣を構えて亭順に斬りかかった。
亭順はこれに応じて、再び剣を結び合う。
数度のぶつかり合い。仕掛けるなら、今しかない。
俺はまた雷白を目隠しにして亭順に迫る。そして、俺は雷白の影から飛び出て亭順の横に回った。
亭順は俺のことを視界に捉えたようだが、それも一瞬だけだった。すぐに雷白との戦いに意識を向けた。
隙が生まれた。どこを攻撃されても傷一つ付かないと思っているだろう。だが、それは慢心のはずだ。
俺はそのまま亭順の側面に向かって走る。剣を構えて駆け抜けざまに膝の裏を斬りつけた。
「いっつうっ!」
亭順が初めて苦痛の声を上げた。
やはりそうだ。鎧は貫けなくても、鎧がない関節部を斬れば確実に傷をつけられる。
亭順の膝の裏から血が流れていた。思ったよりも深く斬れたようで、膝を曲げながら雷白の攻撃をしのいでいる。
俺は更に攻撃を仕掛けるため、反転してもう一度駆ける。
更に傷をつけられれば。
亭順の近くに寄った刹那、亭順の剣が俺に向いていた。何故だ。雷白との斬り合いは。
視線の隅でとらえたのは亭順が自分の腕で雷白の剣を留めていた。
自分の腕を犠牲にして、俺を殺そうとしている。それに気づいたとき、背筋が凍りついた。
剣の切っ先が迫る。視界を剣が覆いつくそうとしていく。避けられない。目をつぶることすら間に合わない。
そう悟った瞬間、剣が視界から消えた。
そして次に見えたのは、蒼い炎が揺らめき。そこには蒼い狼。馬騰の王力が生み出した炎狼が人の腕を咥えていた。
「ぎゃああぁぁぁぁ!」
絶叫を上げた亭順を見ると、右腕がなくなっていた。
傷口から鮮血が噴き出し、亭順をフラフラと後ろに下がっていった。
それを呆けて見ていると、こちらに近づいてくる人影が見えた。それは孟起だった。
「孟起兄さん!」
孟起は俺をちらりと見ると、すぐに視線を亭順へと向けた。
歯をむき出しにし苦痛に堪える亭順は、近づく孟起に気づいていないようだ。
「くっそぅ……。いてぇよぉ」
俺達から後ずさる亭順の傍まで近寄った孟起は、槍の穂先を少しだけ上げた。
その動きを捉えて瞬きをした。そして、目を開けると亭順の首が宙に跳ねていた。
あまりの出来事に呆気に取られていると、孟起が俺に近づいてきた。
孟起が足を止めると、手を俺の頭の上に乗せた。
固く大きな掌が俺の頭を強く撫でた。
「頑張ったな」
その一言で俺は緊張の糸が途切れたのか、全身から力が抜けてしまった。
手にした剣を落とし、膝をついて、ぶるぶると震える。
「馬英さんに言われてきた。後は任せろ」
孟起はそう言うと炎狼の頭を撫でて、槍の穂先を真っ直ぐに向けた。
「やれ」
その言葉で炎狼が弾けるように飛び出して、亭順の部下に飛び掛かった。
森が亭順の部下の血で染まるには時間はかからなかった。




