理論は説明した。それでも部下が動かない理由
部下に仕事を任せた。
やり方も、背景も、理論も説明した。
資料も渡したし、質問にも答えた。
それでも結果が出ない。
そこで、こう判断していないだろうか。
「説明はした。
できないのは能力の問題だ」
だが、この判断はかなり危険だ。
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昆虫食を例にすると、一瞬で分かる
仮にあなたが昆虫食について、
• 栄養価が高い
• 環境負荷が低い
• 食品として安全
と、論理的に完璧な説明を受けたとする。
データも理屈も、すべて正しい。
──では今夜、
一人で普通に昆虫を食べるだろうか。
多くの人は、こう答えるはずだ。
「理屈は分かるけど、食べない」
ここで重要なのは、
理解できないからではないという点。
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人は「正しいから」動かない
昆虫食を前にして止まる理由は、主に3つある。
• どのくらい気持ち悪いのか分からない
• 食べた後、何が起きるか想像できない
• 本当に自分のための選択なのか疑ってしまう
つまり人は、
結果が予測できない行動を、
本能的に避ける
安全と説明されても、
体験後の未来が見えない限り、手は伸びない。
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これ、部下の行動停止と同じ構造の可能性がある
部下が理論を理解しているのに
動けないとき、頭の中ではこうなっている。
• やり方は分かっている
• 正しいことも理解している
• でも、この行動を取った後どうなるか分からない
• 失敗したらどう評価される?
• 想定外が起きたら誰の責任?
• 前例がない中でやって大丈夫?
• 「言われたからやった側」にならない?
この予測の空白が、
行動を完全に止める。
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「考えすぎ」は能力の問題ではない
ここで多い誤診がこれだ。
「考えすぎるタイプなんだよね」
違う。
考えているのは「やり方」ではない。
やった後の世界だ。
人は、
• 成功が見える行動
ではなく
• 失敗後まで含めて想像できる行動
を選ぶ。
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上司が本当に見るべきポイント
上司がすべき問いは、これだけだ。
この仕事をやった後の未来は、
部下にとって具体的に見えているか?
• 失敗しても何が起きるのか
• どこまでが許容範囲なのか
• 何をもって成功とするのか
• 想定外が出た時に守られるか
これが曖昧なままなら、
どれだけ理論を説明しても、人は動かない。
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説明を増やすほど、部下は止まることもある
皮肉だが、
説明が丁寧な上司ほど、
部下は動けなくなることがある。
理由は単純で、
予測が増えすぎて、
確定できる未来が見えなくなるから
あれも大事、これも注意、
失敗例も共有、リスクも列挙。
その結果、部下の頭に残るのは、
「で、どうなれば正解なの?」
という状態。
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結論
理論を説明したのに部下が動かないとき、
それを能力のせいにするのは簡単だ。
だが実際には、
理解はしている。
ただ、未来が見えていないだけ。
昆虫食が食べられないのと同じだ。
正しさは伝わっている。
だが、体験後の世界が想像できない。
上司に求められるのは、
さらなる説明ではない。
「その行動を選んでも大丈夫な未来」を、
先に用意すること。
能力を疑うのは、その後でいい。
ランクロスは「評価制度」では起きていない
ここで一度、はっきりさせておく必要がある。
ここで言っているランクロスは、
人事評価や会社全体の序列の話ではない。
当人たちの間で起きているものだ。
もっと露骨に言うと、これだ。
「舐められているのではないか」という感覚
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上司は「出来ない」をこう翻訳してしまう
部下が動かないとき、
上司の頭に一瞬よぎる思考は、だいたいこれだ。
• 言っても動かない
• 理解しているはずなのにやらない
• 指示の重みが伝わっていない
ここで言語化されないまま、
次の予測が立ち上がる。
「もしかして、
自分は軽く扱われているのでは?」
これが、ランクロスの正体だ。
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重要なのは、部下はランクを奪うつもりなどない
ここで決定的なズレが起きる。
部下は、
• 舐めているわけではない
• 軽視しているわけでもない
• 対抗しようともしていない
ただ、
やったあとに何が起きるか分からず、止まっている
それだけだ。
だが上司は、
その「停止」を
「指示の軽視」
「上下関係への違和感」
として受け取ってしまう。
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この誤変換が、現場を一気に固める
上司の側でランクロス予測が走ると、
行動は微妙に変わる。
• 声が低くなる
• 語尾が断定的になる
• 「なんで出来ない?」が増える
• 正しさを上から押し付け始める
すると部下はどう感じるか。
「失敗したら許されない」
「一段でも間違えると評価が落ちる」
ここで部下の予測不安は跳ね上がる。
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結果:誰も意図していない対立が生まれる
この段階で起きているのは、
• 上司:舐められているかもしれない不安
• 部下:動いた後が見えない不安
この二つの不安が、互いを増幅させている状態だ。
誰も逆らっていない。
誰も支配したいわけでもない。
それでも現場は、
静かな上下戦争みたいな空気になる。
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だから上司の「柔軟さ」が効いてくる
ここで前に述べた、
• 別ルートを用意する
• 他の部下に一部を任せる
• 最終的に仕事が完成する設計を持つ
これらは、部下のためだけではない。
「舐められているのでは?」
という上司自身の予測を鎮める装置
でもある。
完成までの筋道が見えていれば、
上司は“威厳を守るための強さ”を出さなくて済む。
他の部下に任せるのは「敗北」ではない
ここで、上司のプライドが邪魔をする。
「教えたのに出来ないから他に回す」
=
「マネジメントの敗北」
そう考えてしまう。
だが現実は逆だ。
仕事の本当の目的は、
• 誰かを成長させること
ではなく
• 仕事を完成させること
他の部下に任せてもいい。
並行して進めてもいい。
重要なのは、
最終的に仕事が完成するシナリオを
上司が頭の中に持っているか
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「完成する未来」を先に確保する
仕事が止まる最大の原因は、
誰も
「最終的にどう着地するか」
を保証していないこと
上司がやるべきなのは、
• Aが止まってもBがある
• Bが遅れてもCが拾う
• 最悪、上司が回収する
という保険付きの設計。
この構造があるだけで、
部下の行動は驚くほど軽くなる。
なぜなら、
「失敗しても、世界は崩れない」
と予測できるからだ。
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まとめ
出来ない部下は、逆らっているのではない。
上司がそう感じてしまうとき、
そこではすでに
「舐められているかもしれない」という
言語化されないランクロスが走っている。
そして最後は、これで締められる。
人が止まる現場では、
能力の前に、予測と関係性が壊れている。




