「昔は良かった」「今時の若いもんは」の構造
人はなぜ「昔は良かった」と思ってしまうのか
年齢に関係なく、人はふとこう思う。
「昔は良かった」
「前はもっと楽だった」
「今より、あの頃のほうが幸福だった気がする」
これは懐古趣味でも、年を取ったせいでもない。
脳の情報処理の仕組みそのものが、そう感じさせる。
「昔」は事実ではなく、編集後のデータ
まず重要なのは、
人は過去をそのまま保存していないという点だ。
過去の記憶は、
• 体験した事実
ではなく
• 残しても安全な要素だけを抽出した編集版
として保存される。
特に時間が経つと、
• 不安
• 焦り
• 迷い
• 先の見えなさ
といった当時リアルだった感情は削られやすい。
結果として過去は、
「出来事」だけが残り
「当時の不確実性」が抜け落ちる
だから、後から見ると軽く、単純に見える。
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未来は「未確定コスト」を含んでいる
一方、今と未来には常に、
• うまくいくか分からない
• 失敗したらどうなる
• 判断を間違えるかもしれない
という未確定の負荷が乗っている。
脳はこれを、
「不安」や「重さ」として処理する。
重要なのは、
昔 → もう結果が確定している
今 → まだ判断が終わっていない
という違いだ。
確定済みのものは、安全。
未確定のものは、常に重い。
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「昔は良かった」は、安全評価の結果
つまり、
• 昔が本当に良かった
のではなく
• 昔はもう危険がない
という判断が下されているだけ。
脳にとって、
• 成功も
• 失敗も
• 苦労も
すでに終わったものは脅威ではない。
この「安全化」された過去が、
現在と比べられることで、
今はしんどい
→ 昔は楽だった気がする
という錯覚が生まれる。
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成功体験ほど「昔は良かった」になりやすい
特に、
• うまくいった経験
• 評価された時期
• 誰かに必要とされた記憶
は、強く残りやすい。
失敗の痛みは時間とともに薄れ、
成功の手触りだけが残る。
その結果、
「あの頃の自分は輝いていた」
という現在とのギャップ評価が起きる。
これは自尊心の問題ではない。
記憶の圧縮仕様だ。
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「昔は良かった」は、休憩サインでもある
ここが重要な点だ。
「昔は良かった」と感じるとき、
脳はこう判断している可能性が高い。
今の予測処理は重すぎる
判断負荷が高い
休ませたい
つまりこれは、
• 逃避
ではなく
• 負荷警告
に近い。
過去を美化しているのではなく、
現在が未確定だらけで疲れている。
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まとめ
人は過去を愛しているのではない。
確定したものを、安全だと感じているだけだ。
• 記憶は編集される
• 不安は削除されやすい
• 未来は常に未確定コスト付き
• だから過去が軽く見える
「昔は良かった」と感じたとき、
それは老化でも弱さでもない。
今の判断量が多すぎる、という脳からのサインだ。
「今の若者は…」という言葉の正体
「今の若者は忍耐力がない」
「最近の若い人は覇気がない」
この言葉は、ほとんどの時代で繰り返されてきた。
面白いのは、いつの時代でも同じ言い回しが使われることだ。
もし本当に若者が劣化しているなら、
社会はとっくに崩壊しているはずだ。
ではなぜ、この言葉は消えないのか。
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観察ではなく「評価」が先に出ている
「今の若者は…」のあとに続くのは、
事実の羅列ではない。
• 良くない
• 危うい
• 将来が不安だ
といった評価語である。
これは感情表現ではない。
可否判断・将来性判断の言葉だ。
つまりこの発話は、
若者を見ているようで、
実際には未来を評価している。
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比較されているのは「若者」ではない
この構文の内部では、
必ず暗黙の比較が行われている。
• 昔の若者(=自分が若かった頃)
• 今の若者
だがここで重要なのは、
「昔の若者」はすでに結果が出ているという点だ。
• 自分は生き残った
• なんとかやってこれた
• 少なくとも破滅しなかった
つまり、
昔のやり方は「安全だった」ことが証明済み
一方、
今の若者が生きる環境は、
• 結果がまだ出ていない
• ルールが変わっている
• 成功ルートが見えにくい
未確定だらけだ。
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「今の若者は」は未来不安の言語化
ここで何が起きているか。
• 若者が変わった
のではなく
• 未来の予測が難しくなった
という変化が起きている。
その不安定さを、
正面から「怖い」と言う代わりに、
「今の若者は◯◯だ」
という外在化された評価文に変換している。
これは逃避ではない。
脳にとっては、極めて自然な安定化操作だ。
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サイサイセオリーで見ると何が見えるか
サイサイセオリーでは、
セフティを
危険を検知し、
予測と現実のズレを評価し、
判断負荷を管理するベクトル
として定義している。
この視点で見ると、
• 「昔は良かった」
• 「今の若者は…」
はどちらも同じ挙動になる。
確定済み(過去)
vs
未確定(未来)
を比較し、
予測コストの低い側を「良い」と評価する。
このときセフティは、
「反射的に警戒している」のではない。
明確に未来を予測し、
その不確定性を評価している。
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セフティが予測していなければ説明できない点
もしセフティが、
単なる警報装置や感情反射なら、
• なぜ若者論が必ず未来評価になるのか
• なぜ時代変化が激しいほど強まるのか
• なぜ成功体験を持つ人ほど語りやすいのか
これらが説明できない。
説明が通るのは、
セフティが
未来の不確定性を予測し
既知で安全なモデルに退避する
と考えたときだけだ。
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補助的結論
「今の若者は…」という言葉は、
若者批判ではない。
セフティが未来を読みに行っている証拠
として見ることもできる。
そしてこれは、
サイサイセオリーにおいて
セフティが予測を担っているという、
日常言語レベルでの補助的な根拠になるかもしれない。
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まとめ
• 過去は確定しているから軽い
• 未来は未確定だから重い
• セフティはその差を評価する
• 評価は「言葉」として外に出る
「今の若者は」という一言の裏で、
人の脳は、
未来を計算し続けている。




