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心理学は正しいのか?  作者: シンリーベクトル


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13/22

「昔は良かった」「今時の若いもんは」の構造

人はなぜ「昔は良かった」と思ってしまうのか


年齢に関係なく、人はふとこう思う。


「昔は良かった」

「前はもっと楽だった」

「今より、あの頃のほうが幸福だった気がする」


これは懐古趣味でも、年を取ったせいでもない。

脳の情報処理の仕組みそのものが、そう感じさせる。


「昔」は事実ではなく、編集後のデータ


まず重要なのは、

人は過去をそのまま保存していないという点だ。


過去の記憶は、

• 体験した事実

ではなく

• 残しても安全な要素だけを抽出した編集版


として保存される。


特に時間が経つと、

• 不安

• 焦り

• 迷い

• 先の見えなさ


といった当時リアルだった感情は削られやすい。


結果として過去は、


「出来事」だけが残り

「当時の不確実性」が抜け落ちる


だから、後から見ると軽く、単純に見える。



未来は「未確定コスト」を含んでいる


一方、今と未来には常に、

• うまくいくか分からない

• 失敗したらどうなる

• 判断を間違えるかもしれない


という未確定の負荷が乗っている。


脳はこれを、

「不安」や「重さ」として処理する。


重要なのは、


昔 → もう結果が確定している

今 → まだ判断が終わっていない


という違いだ。


確定済みのものは、安全。

未確定のものは、常に重い。



「昔は良かった」は、安全評価の結果


つまり、

• 昔が本当に良かった

のではなく

• 昔はもう危険がない


という判断が下されているだけ。


脳にとって、

• 成功も

• 失敗も

• 苦労も


すでに終わったものは脅威ではない。


この「安全化」された過去が、

現在と比べられることで、


今はしんどい

→ 昔は楽だった気がする


という錯覚が生まれる。



成功体験ほど「昔は良かった」になりやすい


特に、

• うまくいった経験

• 評価された時期

• 誰かに必要とされた記憶


は、強く残りやすい。


失敗の痛みは時間とともに薄れ、

成功の手触りだけが残る。


その結果、


「あの頃の自分は輝いていた」


という現在とのギャップ評価が起きる。


これは自尊心の問題ではない。

記憶の圧縮仕様だ。



「昔は良かった」は、休憩サインでもある


ここが重要な点だ。


「昔は良かった」と感じるとき、

脳はこう判断している可能性が高い。


今の予測処理は重すぎる

判断負荷が高い

休ませたい


つまりこれは、

• 逃避

ではなく

• 負荷警告


に近い。


過去を美化しているのではなく、

現在が未確定だらけで疲れている。



まとめ


人は過去を愛しているのではない。

確定したものを、安全だと感じているだけだ。

• 記憶は編集される

• 不安は削除されやすい

• 未来は常に未確定コスト付き

• だから過去が軽く見える


「昔は良かった」と感じたとき、

それは老化でも弱さでもない。


今の判断量が多すぎる、という脳からのサインだ。


「今の若者は…」という言葉の正体


「今の若者は忍耐力がない」

「最近の若い人は覇気がない」


この言葉は、ほとんどの時代で繰り返されてきた。

面白いのは、いつの時代でも同じ言い回しが使われることだ。


もし本当に若者が劣化しているなら、

社会はとっくに崩壊しているはずだ。


ではなぜ、この言葉は消えないのか。



観察ではなく「評価」が先に出ている


「今の若者は…」のあとに続くのは、

事実の羅列ではない。

• 良くない

• 危うい

• 将来が不安だ


といった評価語である。


これは感情表現ではない。

可否判断・将来性判断の言葉だ。


つまりこの発話は、

若者を見ているようで、

実際には未来を評価している。



比較されているのは「若者」ではない


この構文の内部では、

必ず暗黙の比較が行われている。

• 昔の若者(=自分が若かった頃)

• 今の若者


だがここで重要なのは、

「昔の若者」はすでに結果が出ているという点だ。

• 自分は生き残った

• なんとかやってこれた

• 少なくとも破滅しなかった


つまり、


昔のやり方は「安全だった」ことが証明済み


一方、

今の若者が生きる環境は、

• 結果がまだ出ていない

• ルールが変わっている

• 成功ルートが見えにくい


未確定だらけだ。



「今の若者は」は未来不安の言語化


ここで何が起きているか。

• 若者が変わった

のではなく

• 未来の予測が難しくなった


という変化が起きている。


その不安定さを、

正面から「怖い」と言う代わりに、


「今の若者は◯◯だ」


という外在化された評価文に変換している。


これは逃避ではない。

脳にとっては、極めて自然な安定化操作だ。



サイサイセオリーで見ると何が見えるか


サイサイセオリーでは、

セフティを


危険を検知し、

予測と現実のズレを評価し、

判断負荷を管理するベクトル


として定義している。


この視点で見ると、

• 「昔は良かった」

• 「今の若者は…」


はどちらも同じ挙動になる。


確定済み(過去)

vs

未確定(未来)


を比較し、

予測コストの低い側を「良い」と評価する。


このときセフティは、

「反射的に警戒している」のではない。


明確に未来を予測し、

その不確定性を評価している。



セフティが予測していなければ説明できない点


もしセフティが、

単なる警報装置や感情反射なら、

• なぜ若者論が必ず未来評価になるのか

• なぜ時代変化が激しいほど強まるのか

• なぜ成功体験を持つ人ほど語りやすいのか


これらが説明できない。


説明が通るのは、


セフティが

未来の不確定性を予測し

既知で安全なモデルに退避する


と考えたときだけだ。



補助的結論


「今の若者は…」という言葉は、

若者批判ではない。


セフティが未来を読みに行っている証拠

として見ることもできる。


そしてこれは、


サイサイセオリーにおいて

セフティが予測を担っているという、

日常言語レベルでの補助的な根拠になるかもしれない。



まとめ

• 過去は確定しているから軽い

• 未来は未確定だから重い

• セフティはその差を評価する

• 評価は「言葉」として外に出る


「今の若者は」という一言の裏で、

人の脳は、

未来を計算し続けている。


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