冬は、まだ終わらない
この物語は、
「どうすればうまくいくのか」という問いから始まりました。
温度を揃えること。
言葉を整えること。
論理的に説明すること。
どれも間違いではなく、
どれも誠実な努力でした。
それでも、関係は思ったように温まらず、
水野は何度も「わからなさ」の前で立ち止まります。
最終話は、
答えを出すための章ではありません。
むしろ、
答えが出ないまま朝を迎えることを、初めて選んだ時間
その静かな瞬間を描いています。
冬は終わっていない。
けれど、夜は越えた。
そんな朝の物語です。
冬は、まだ終わらなかった。
朝、カーテンの隙間から差し込む光は白く、
窓の外では、昨夜の雪が溶けきらずに残っている。
水野は、キッチンに立ちながら、無意識にエアコンの表示を見る。
二十四度。
指が、リモコンに伸びかけて、止まる。
――二十度が、正解だった。
――でも、正解に戻せば、何かが戻るわけでもない。
そのことを、水野はもう知っていた。
背後で、足音がする。
夫が起きてきた。
「寒い?」
水野は、振り返らずに聞いた。
少しの間があって、夫は言った。
「まあ……冬だしね」
曖昧な答えだった。
水野は、その曖昧さに、なぜか救われる。
コーヒーを二つ淹れる。
いつものように、温度も濃さも測らない。
夫は、電気毛布を、足にかけて座っている。
その光景を見て、水野は思う。
――結局、使っている。
――でも、それは「解決」じゃない。
水野は、ソファの反対側に腰を下ろした。
少し距離がある。
話そうと思えば、話せる。
論理も、感情も、どちらの言葉も、まだ手元にある。
けれど、水野は言わなかった。
代わりに、ひざ掛けを一枚取って、自分の足にもかける。
夫が、ちらりとこちらを見る。
「珍しいね」
「……寒かったから」
それだけ言った。
理由は添えなかった。
根拠も、説明も、ない。
その沈黙は、居心地がいいとは言えなかった。
少し、冷たい。
少し、心許ない。
それでも、水野は思う。
――私は今、正しくない。
――でも、嘘もついていない。
夫は、何も言わず、テレビの音量を少し下げた。
その仕草に、意味があるのかは、わからない。
わからないまま、朝が進んでいく。
水野は、カップを持ち上げながら考える。
円満な夫婦になりたい。
その願いは、まだ変わらない。
ただ、
「どうすれば円満か」を、
一人で決めようとしていたのかもしれない
そんな気もしている。
論理は、今も、水野を支えている。
感情も、どこかで、水野を引っ張っている。
どちらかを選べば、楽になる気もする。
でも、水野はまだ選べない。
――わからない。
その感覚を、今日は、無理に消さないことにした。
エアコンの温度は、二十四度のまま。
電気毛布は、足元で静かに熱を持っている。
冬は、続く。夫婦も、たぶん、続く。
答えが出ないままでも、一緒に朝を迎えることはできる。
水野は、その事実を、まだ「希望」と呼ぶ勇気はなかった。
けれど、それを手放さずにいる自分を、
少しだけ、悪くないと思っていた。
水野は、最後まで「正解」を見つけませんでした。
何度に設定すればよかったのか。
どんな言葉を選べばよかったのか。
論理と感情の、どこに立てばよかったのか。
そのどれにも、
明確な答えは用意されていません。
けれど最終話で、水野は一つだけ気づきます。
「円満な夫婦になりたい」という願いを、
自分一人で決めようとしていたのではないか、ということ。
正しくなくてもいい。
説明できなくてもいい。
ただ、嘘をつかずに、同じ朝を迎える。
その選択は、
希望と呼ぶにはまだ心許ないけれど、
絶望と呼ぶには、確かに温かい。
エアコンは二十四度のまま。
電気毛布は、足元で静かに熱を持っている。
冬は続く。
夫婦も、たぶん、続く。
この物語は、
「解決」ではなく、
続いていくという事実 のところで終わります。
答えが出ないままでも、
関係を手放さずにいることはできる。
それを「悪くない」と思えた瞬間を、
この物語の終わりに置きました。




