悪役令嬢、王宮の夜会に歌姫を呼ぶ。
「ローゼリア! ローゼリア・フォン・アルヴェイン! どこだ! 貴様に言いたいことがある!」
王宮の夜会のメインホールにオスカー第一王子の、自分の婚約者を呼ぶ声が響いた。
メインホールに居る貴族たちが振り返る。
振り返った者たちは何故か男たちが多かった。
「殿下、恐れながら申し上げます。アルヴェイン侯爵令嬢様は今、こちらのメインホールではなく、音楽サロンにいらっしゃいます」
首を傾げながら、子爵の一人がオスカーに告げた。
オスカー王子の腕に絡まって周囲の男に流し目を向ける男爵令嬢にも、子爵は首を傾げた。
首を傾げすぎて首振り人形のようになっている。
「招待状にあった音楽サロンでの歌姫の催しに参加しているのです。女性限定で、私の妻もアルヴェイン侯爵令嬢様の催しを楽しみにしておりました。ありがとうございます」
そんな子爵のフォローに、別の貴族で伯爵が慌ててフォローに入った。
「なかなか平民専門の歌姫の歌を聴くことはないから、私の妻も楽しみにしていて」
「女性は普段は屋敷か社交しかないですからな」
「格調高い歌を歌うわけでもないし、マナーがなっていないからと、歌姫本人が無礼にも断っていたのをアルヴェイン侯爵令嬢様の頼みならと今回音楽サロンに特別に招かれたそうで」
「さすがは殿下の婚約者様でいらっしゃる。平民への慈善活動が手厚いからこそ無礼な平民も心を開いたということか」
「そういうことだな」
貴族男性たちのお喋りを背に、オスカーは音楽サロンへと急いだ。
あまりに急ぐあまりに、腕に絡まっている男爵令嬢を置いていきそうになったが、男爵令嬢はなんとかついていった。
――音楽サロンにつくと、楽器の演奏と声がほんのかすかにオスカーと男爵令嬢の耳に届いた。
音楽サロンの彫刻が施され重厚な木の扉の前には、屈強な騎士が立っている。
「恐れながら殿下に申し上げます。こちらは今、女性限定の催し物『平民の歌姫リリシア・ハーモニアによる歌唱会』が開催されているため、男性は入場不可となっております」
「何?! 俺は王子だぞ! ローゼリアに大事な話がある! 俺とこのっ………!」
騎士に食って掛かるオスカーを腕に絡んでいた男爵令嬢が、押しのけて扉の方に耳を澄ませた。
「これって! ゲームの中の主題歌歌ってるリリシア・ハーモニアよね!? 私、なんで忘れていたのかしら! 声優の小桜インコちゃんの声だわ! 私、ファンだったの!」
押しのけられたオスカーは唖然とする。
オスカーにも騎士にも、男爵令嬢が突然言い出した『ゲーム』『声優』『小桜インコ』の単語は分からなかった。
「失礼ですが、ルーミエ・オランジェ男爵令嬢様ですね。こちらの音楽サロンに入場されますか?」
最近殿下にまとわりついている恋人という噂の貴族令嬢ということもあって、騎士には招待状がなくてもすぐに不可思議なことをいう令嬢がルーミエ・オランジェ男爵令嬢だということが分かった。
騎士は、『貴族令嬢なら誰でも入場可』という命令を受けている。
入場不可者のリストも渡されていなかった。
主催者のローゼリア・フォン・アルヴェイン侯爵令嬢が事前に騎士に通達したことには、
『音楽の前には皆平等』
との事だった。
アルヴェイン侯爵家の敵対派閥も通していいと騎士は命令されていた。
オランジェ男爵家の令嬢も通してはいけないとは言われていなかった。
他の騎士とも手早く相談して、オランジェ男爵令嬢を会場に入れることになった。
「えっ、入っていいの? 本当に?!」
「そのように命令を受けております」
「やった! ありがとう! 待ってて、小桜インコちゃん!」
ルーミエは自分からオスカー王子の腕を離して、騎士によって開けられたドアの向こうに小走りに消えていった。
音楽の洪水がルーミエを温かく飲み込んだ。
置いて行かれたオスカーは追いかけようと自分もルーミエに続こうとしたが、扉は閉められて騎士に押し戻される。
「この催しは陛下が許可されたものでございます。男性は殿下といえども入場できません。ご了承ください」
騎士の無情な言葉に、オスカーは扉の前で立ち尽くす。
王子なだけあって、警備の騎士の命令に従う厳格さというものは分かっていた。
…………催しは始まったばかりだったのか、オスカーは扉の前に立ったまま一時間以上が経った。
時間の経過とともに、王子は傍らにルーミエもいない状況が堪えるのか辛そうな表情が濃くなった。
扉を警備していた騎士は王子が近くに立っていると気を使ってしまうが仕方なかった。
警備的に椅子を出しても良い区域でもないので、王子に気を使って椅子をもってくるわけにもいかない。
「………………今日、ローゼリアと婚約破棄をして恋人のルーミエと婚約しようと思っていた。でも、それは間違っていた? ローゼリアは催しを許可されるほど父上にも認められて、平民にも人気で、無礼な平民も心を開いて。全ての貴族女性を招いて。平民や下級貴族を虐げているわけでもなかった? いや、違う。ルーミエがローゼリアにいじめられたと言って、未来の国母をいじめるものは妃にはふさわしくないと………でもっ………………」
さらに扉を警備する騎士の耳に、王子の呟きが届いた。
『これは自分が聞いていいことではなかったのではないか?」
騎士の背中に冷や汗がとめどなく流れる。
それからも王子の後悔のような呟きは延々と続いた。
そして音楽の最後の余韻が、扉越しに静かに消えていった。
それから、ようやく扉が開いた。
「リリシアちゃんの歌とっても良かった! 今日聞けて本当に嬉しかった! ありがとう! ローゼリアちゃん!」
「ふふっ、同感ですわ。リリシアさんの素晴らしい歌声は広く世界に広まって欲しいと思ってますの。次からは招待状をきちんとお読みになってお持ちくださいませね」
「うんっ、ごめんね。私、手紙ってよく読まないから」
「あらあら、では使いの者に口頭でも伝えるように言っておきますわ」
「ありがとう! ローゼリアちゃん、好きっ!」
「ええ。私、あなたを誤解していたようですわ」
ローゼリアとルーミエが先頭に立って親しく話しながら出てくる。
ルーミエの腕はローゼリアの腕に回されていた。
その様子を取り巻きの令嬢たちが温かく見守る。
ゴージャスな美人のローゼリアが、ふと進路方向に立っているオスカーに気づいた。
オスカーは仲が良い様子のローゼリアとルーミエを呆然と見ている。
「あら? オスカー様。どうなさいました? お顔の色がよろしくないですわ」
「……………………すまなかった」
長い沈黙の後、オスカーは頭を下げてローゼリアに謝った。
ローゼリアはそんな風に謝ったオスカーに少し首を傾げた後、全てを知っているような顔で微笑んだ。
「誰にでも誤解はありますわ」
-おわり-
『後日談』
その後、ルーミエはローゼリアにオスカーと恋人関係だったことを謝罪した。
オスカーに誘われたとは言え、婚約者であるローゼリアに筋を通さず、オスカーに付きまとっていたことは事実だからだ。
一方、オスカーもルーミエと口づけも体の関係もなかったとはいえ、ローゼリアに話を通さず男爵令嬢を侍らせていたことは事実だったので謝罪した。
「でも、オスカー様とルーミエさんが清い関係を保っていらっしゃったので、私も許しやすいですし、そもそも同じ音楽が好きなルーミエさんなら、愛妾にお迎えになられても全然かまいませんわ」
オスカーとの話し合いの席にもルーミエは居て、ローゼリアにべったりとくっついている。
ローゼリアもローゼリアで、平民の歌姫リリシア・ハーモニアについて侯爵家の調査でも知らないようなことを知っていたりするルーミエがお気に入りになっていた。
ルーミエは、ローゼリアの知らない事を多く知っていて、特にルーミエの話す『乙女ゲーム』『声優の小桜インコ』『前世の日本』などの話は興味深かった。
それにローゼリアは今はどっちかというと、政略結婚で押し付けられたオスカー王子よりルーミエの方が好きだった。
ローゼリアは、そもそも顔がいくら良くてもオスカーには特に恋心も抱いてなかった。
アルヴェイン侯爵令嬢であるローゼリアは、顔がいい貴族子息など見慣れているからである。
義務としてオスカーと結婚し、王妃になるために教育を受けていた。
あくまでも貴族令嬢など、男性貴族たちの付属品でそれはそういう仕組みだから仕方ない。
特に良い悪いもなく、ローゼリアは義務をこなす日々だったし、将来の王妃としての義務として幅広く慈善活動を行っていた。
そんなローゼリアにとっての灰色の日々に、一筋の光が差した。
平民にしか歌を聞かせないというリリシア・ハーモニアという平民が、貴族であるローゼリアの慈善活動に感謝を込めて歌を披露してくれるというのだ。
気まぐれで平民の歌を聞いたローゼリアだったが、その音楽の斬新さに心を打たれた。
リリシア・ハーモニアが夢の中で見たという世界の、恋や日常で彩られた歌は素晴らしかった。
その音楽を聴いている間は、灰色のつまらない貴族社会の身分から解き放たれて自由になる気がした。
世界は音楽に照らされて輝いて見えた。
もはや、リリシア・ハーモニアの歌の前では、オスカーなどという義務の婚約者などどうでもよかった。
リリシア・ハーモニアの歌を広めるために、オスカーの婚約者としての立場を利用して、貴族女性たちに歌を聞かせる会を開催することにした。
『音楽の前には皆平等』
そんな考えのもとに歌唱会は成功して、自分の婚約者にくっついていて面倒くさいけれどいずれは対処しなければならないと考えていた男爵令嬢ルーミエとも打ち解けることができた。
リリシア・ハーモニアには本当に感謝しかない。
ローゼリアはそんなリリシア・ハーモニアがいつまでも豊かに安全に歌ってられるように、そして皆が豊かでリリシア・ハーモニアの歌を聴ける余裕があるように、自分はきちんと王妃になってこの国を繁栄させると決めた。
今は、女性は男性の付属品みたいなものかもしれないけれど、改善して見せるし、きっとできるような気がしていた。
ローゼリアは、音楽の余韻を胸に、この国の未来を思い描いていた。
読んで下さってありがとうございました。
もし良かったら評価やいいねやブクマをよろしくお願いします。
また、私の他の小説も読んでいただけたら嬉しいです。




