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冒険ごはんは街角で

作者: うめたろう
掲載日:2025/12/06

「また来たんですか、父さん」


 王都の下町にある、名前のない小さな食堂。


 不定期で開店するその場所へ迷わず足を踏み入れたヘリオスを出迎えたのは、娘のアーシェの冷ややかな一言だった。

 齢十七を数えた愛娘が自分の指導のもと魔術を学び始めてからは十年以上が経ち、この食堂で働き始めてからも既に一年近くになる。


「そりゃあ来ますとも。あなたが働き始める前からの、この店のファンですからね」

「今は娘の勤め先だという点を弁えて、少しは遠慮を覚えてくれると助かるんですが」


 チクリと言葉で刺したあとで、「まあ、どうぞ」とアーシェはヘリオスをいつものカウンター席へと案内した。

 ランチには遅く夕飯には早い完璧に微妙な時間を狙ってきたので、客はヘリオスだけだ。


「サービスのお水です」


 アーシェが立てた人差し指の上に水の球が生まれ、指揮者を思わせる手つきに合わせてグラスの中へと収まっていく。続けてグラスの上に手を翳せば、内には氷が生じてカラリと鳴った。

 飲み水が無料で供され、それがきんと冷えていて、しかも氷まで入っている店など、広い王都でもここくらいのものだ。


「アーシェ、また魔法の腕を上げましたね」


 アーシェが、ヘリオスが来店してから初めて口の端を上げた。というよりは、自然と上がってしまったものであるらしい。

 魔術師たるもの常に冷静であれと努めてこそいるが、ヘリオスの愛しい娘は根が素直なのだ。


「ま、まあ。魔術師団長の娘が半端な腕前では、格好がつかないので」


 照れ隠しのようにごにょごにょと言って、アーシェは厨房へと消える。注文を聞き忘れたわけではなく、この店には最初から、メニューはひとつしかないのだ。


*****


「ヘリオス、いらっしゃい!」


 本を読みながら時間を潰してしばし。厨房から、熊を思わせる大男が顔を覗かせた。


「こんにちは、ソール」


 ソールは、この店のオーナーであり優秀な料理人でもある。

 見てくれは強面なのだがいつもニコニコとして人懐っこく、話してみれば、熊は熊でも巨大なテディベアのような、ふわふわと柔らかい印象の男だ。


「今回はどこへ行ってきたんです?」

「ふっふ。今回の仕入れ先は、なんと、ナパパ火山地帯だ!」

「それはまた。随分な長旅でしたねえ」


 この店が不定期でしか開かない理由が、彼の『仕入れ』だ。

 ソールは世界のあちこちを旅し、その土地で新作料理のアイデアと現地の材料を得て帰ってくる。

 優秀な魔術師のアーシェを雇っているのも、給仕としての役割を期待しているのみならず、旅先での荒事に備えるため、材料を新鮮なまま持ち帰る方法を確保するためというのが大きい。


 次回の仕入れの折にはまた別の土地に旅立つので、どの料理とも一期一会。

 コラン王国が誇る魔術師団の長を務め、仕事以外では王都を離れられないヘリオスにとっては、この店での食事こそが束の間の、しかし心沸き立つ『冒険』だった。


 アーシェが、厨房から今日の料理を運んでくる。

 カウンターの上に並んだのは、何やら揚げた肉を挟んだハンバーガーと、乳白色のソースがかかった揚げ芋だった。

 肉料理のスパイシーな香りが、食欲を刺激する。


「いただきます」


 ハンバーガーに被りつけば、バンズのしっかりとした食感と、揚げ衣のザクッと感、次いで肉の弾力が鮮烈にヘリオスの口を襲った。

 肉の濃い旨みと香辛料の痺れるような辛味、それらをマヨネーズソースのまろやかなコクが包み込み、幸せが口いっぱいに広がる。

 マヨネーズソースには刻んだハーブが混ぜられていて、最後に残るのは清涼な風味だ。

 その爽やかさが、ガツンとヘビーな二口目を渇望させる。

 バンズは噛めば噛むほど小麦の風味と甘みが感じられるもので、具の邪魔はせず、それでいて満足感がちゃんとある。


「これ、何の肉ですか? ぷりっぷりです!」

「火山に棲む煉獄鳥を狩ってきたんだ。火山をイメージした辛味揚げで召し上がれ。旨みが強いから、香辛料にも負けてないだろ?」

「煉獄鳥? あの煉獄鳥を狩ってきたんですか?」


 住処から遠くへは離れないため人里への被害こそないが、彼らのナワバリで出会ってしまったら一般人が生き残れる望みはほとんどない……と言われるのが煉獄鳥だ。少なくとも、二人連れで気軽に狩る魔物ではない。

 驚くヘリオスを前に、意を汲んだようにソールはうんうんと頷いた。


「勿論、俺一人じゃとても無理だったよ。アーシェの魔術の腕があってこその戦果だな」


 ソールは凄腕の剣士で、アーシェも親の贔屓目を抜きにしても高位の魔術師と言える。

 それでもなお、二人パーティで煉獄鳥を狩ったという事実は常ならば受け入れ難いが、


「それはそれは。アーシェ、頑張ったんですねえ」


 愛しい娘を褒められては、ヘリオスは弱い。

 魔術師団の若い連中はそんなヘリオスを親バカだと称するが、可愛いものは可愛いのだから仕方がない。


「このマヨネーズソースも美味しいですね」

「それも、煉獄鳥の卵を使ったオリジナルなんだ。普通のよりもコクがある」

「じゃあ、このソースも今回限りですか……。ハーブもナパパのものを?」

「うん。ナパパ産の毒消し草だ」

「どくけしそう」

「煉獄鳥の肉は美味いけど毒があるからなあ。肉の下処理にも同じものを使って、臭みと毒を抜いてるんだ」


 知らぬ間にマヨネーズソースに救われていたし、魔物の毒が肉の臭みと同列に扱われている。

 珍かで興味深いメニューを前に失念していたが、煉獄鳥は猛毒の炎を操るのだった。

 それでも美味いものは美味いので、ヘリオスは深く考えることはやめて、煉獄鳥バーガーにまた豪快にかぶりつく。


 間で食べる揚げ芋が、これもまた癖になる。

 王都でよく食べられるものよりもねっとりとしているのにホクホク感も損なわれてはおらず、食感すらも美味しい。

 食べ慣れたものよりもやや淡白な味わいで、こっくりと濃厚なソースとの相性もバッチリだ。


「このソースはチーズですよね。癖はありますが美味しいです」

「ナパパの辺りじゃあ、溶岩ヤギの牧畜が盛んだからなあ。ぜひ料理に使いたかったんだけど、手に入れるのに結構骨が折れたんだ」

「ほう」


 ソールにこう言わせるとは、余程の苦難があったのだろう。

 そう思っていると、水のおかわりを入れにきたアーシェが、


「タバンガ族の集落付近には、一月ほど滞在することになりましたっけね……」


 と、仕入れの旅の思い出話を口にする。


「うわ。一か月ですか」

「タバンガ族は、ダンスでお互いの意思を表すんだ。こう、一つ一つの動きに、明確に意味が定められていて……」

「ダンスは彼らにとって誠意の表れでもあって、だから、チーズを譲ってもらうためには一度でも間違うわけにはいかなかったんです」

「それで、集落の近くに許可を得てキャンプを張って、ダンスの動き一つ一つの意味を二人で解析したんだよなあ。ああでもない、こうでもないって」


 ソールとアーシェが口々に語る。

 こういった苦労話を聞くのも、この店で食事をする醍醐味の一つだ。

 最初から美味しかったソースが、二人の話を聞いて益々味わい深く、貴重なものに感じられる。


「この芋も、王都の辺りじゃ食べ慣れない味ですね」

「それはゴロイモ! ナパパでも育つ希少な農作物だから、これも絶対メニューに組み込みたかったんだ」

「ふむふむ。知識としては知っていましたが、実際に食べるのは初めてです。こんな味なんですね」


 食欲だけでなく、ここでの食事は知識欲も満たしてくれる。

 最後の一口を、名残惜しく感じながらヘリオスは食べ切った。


 デザートは、煉獄鳥の卵を使ったプリンだ。

 濃厚な卵の味わいと、とろとろの舌触りが堪らない。優しい甘さと馴染みのあるシンプルさが、スパイスやチーズを効かせた料理の後だから一層染み渡る。

 コーヒーとの組み合わせも、間違いのないものだ。

 この店で働き始めてから、アーシェは魔法の腕だけでなく、コーヒーを淹れるのもすごぶる上達した。


「今日の料理もすごく美味しかったです」


 月並みな感想だと言えばそうなのだが、素晴らしい食事の後には「美味しい」の言葉が欠かせない。

 プリンを食べる合間に伝えれば、ソールは益々ニッコリとした。


「良かった! 実は、欲を言うなら、バーガーには何か野菜も挟みたかったんだけどなあ」

「そういえば、入ってませんでしたね」

「ゴロイモは、色んな調理法を試したけどしっくり来なくて。こっちで食べるような野菜もあれこれ挟んでみたんだけど、どれもピンと来なかったんだ」

「ふむふむ」


 コーヒーを味わいながら、ヘリオスは頭の中に納められた知識の書庫を探る。

 そして、「これは素人考えなのですが」と思案ののちに口を開いた。


「マグマダケはどうでしょうか。あの辺りでは薬として扱われていて食用にする習慣はなかったかと思いますが、風味と食感に優れると聞きますし」

「ああ!」


 声を上げたソールが、子供のように目を輝かせる。


「そうかあ、成る程! うわー、何で採って来なかったんだろう。今すぐ試してみたいくらいなのに!」


 本気で悔しがるその様子に、ヘリオスはくすくすと笑みを漏らした。

 水のおかわりを入れにきたアーシェが、ジトッとした目でソールを見やる。


「オーナー。先に言っておきますけど、次の行き先は今から変更はできませんからね」

「うっ。わ、わかってるわかってる。ああでも、早く試してみたいなあ」

「まったく……。旅の手配だって、大変なんですからね」


 どうやらアーシェは、この店と、物事に夢中になると周りが見えなくなるソールにとって、既に欠かせない存在となっているらしい。

 娘の成長と共に噛み締めたプリンの最後の一口が、口の中でとろけて消える。


「ああ、食べ終わってしまいました」


 束の間の『冒険』の終わりを惜しむ気持ちはあるが、腹だけでなく、心も確かに満たされている。

 だから最後は、やっぱりこの言葉で締めよう。


「ごちそうさまでした」


 次の開店日が、早くも待ち遠しく感じられた。

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