4.怒の誘惑-12
孝太郎に根負けして、結局綺羅の家には二人で向かった。
家に着くと、直ぐに通されたリビングで、おじさんと綺羅が座っていた。
おじさんの表情は、怒りを必死に抑えている感じで俺を睨んでいた。
「…ご無沙汰してます。」
「そこに座れ。」
「失礼します。」
テーブルを挟んでおじさんの前に座る。
孝太郎は、俺の斜め後方に座った。
「…颯汰くん。君と綺羅が付き合ってどれくらいだ?」
「4年を過ぎました。」
「…綺羅と別れたいと?」
「はい。この前本人と話しました。」
「………それは逃げか?」
「………は?」
「君は責任もとらずに逃げるのか?」
突然意味の分からないことを言われて、呆然となる。
…責任?…逃げる?
「昨日、綺羅が泣きながら打ち明けてくれたよ。妊娠してると。父親は君だろ?」
「「……………」」
俯きながら肩を震わせる綺羅。
その長い髪の毛の奥で笑っているのが分かった。
突然告げられたバカげた話に自分の耳を疑った。
「おじさん。それはあり得ないよ。」
少しの沈黙の後、口を開いたのは孝太郎。
「……何だと?」
「絶対あり得ない。颯汰は父親じゃない。」
「孝太郎くんは黙っててくれるか?今は颯汰くんと話してるんだ!」
「おじさん!孝太郎を責めるのはやめ……!!!」
「………颯汰!!!」
立ち上がって孝太郎の胸ぐらを掴んだ親父さん。
それを諌めるように庇うと、拳が飛んできて左頬を殴られた。
身体を投げ出されたが、孝太郎がしっかり受け止めてくれていた。
おじさんを見ると、少し後悔の色が出ていた。
娘を思うあまりの行動。
裏の顔を知らない親父さんなら、無責任な男など激怒する対象だろう。
殴られても、親父さんに対する怒りはなかった。
代わりに向けられたのは綺羅。
(この女…親を利用して何考えてんだ!)
怒りもストレスも最高潮に達する。
俺はこんな女、もう庇う必要もない。
心底呆れ果てた。
「…綺羅。…診断書出せ。」
「………は?」
「妊娠してるって診断書出せよ。病院に行ったっていう証拠なら何でもいい。領収とかあるだろ。」
「お前…この期に及んで」
「おじさん。黙って聞いててください。俺と綺羅の問題でしょう?本当のことを綺羅自身が教えてくれるはずだ。俺を殴って少しはスッキリしたでしょ。だったら大人しく綺羅の表情を見ててくれませんか!」
少し強めの口調で親父さんに告げた。
くそ生意気な奴だと思われても構わない。
俺は、親の心まで踏みにじった綺羅が許せなかった。
「診断書なんてない。検査薬で調べた。」
「そうか。じゃあ今から病院行こうぜ。俺もついていってやる。」
「…は?なんで?恥ずかしい!私たち、まだ高校生なんだよ?噂になるでしょ。」
「俺たちが付き合ってることは周知だろ。やることやってるんだと誰もが分かってる。高校生なら付き合ってたらセックスくらい当たり前だろ。」
「バカじゃないの?行かない!」
「はっきり言えば?行かないんじゃなくて行けないんだろ?妊娠なんてしてねぇんだからな。」
「…颯汰くん!何を言ってるんだ!」
「事実を言ってるんですよ!黙って綺羅を見てろって言ったでしょ!目を離さないでください!」
瞬間、孝太郎が俺のズボンの裾を引っ張った。
それを合図に深呼吸して座った。
「…おじさん。もし妊娠が本当だとしても、俺が父親だなんてあり得ません。強要されたセックスで、好きでもない女にイけるはずもない。今だかつて、こいつの中でイった記憶もない。」
「…き……強要……?どういう……」
「…綺羅。俺がお前に触れない理由を教えようか?…自分を守るためだよ。」
「……え?」
淡々と話を進ませる。
驚いた表情の親父さんと綺羅。
親父さんは、強要というキーワードに目を丸くして、綺羅は自分を守るというキーワードに目を丸くしてる。
とりあえず、この女が先だ。
触れないというのは、自分が一番知ってるだろう。
こいつと寝る前、俺はいつも自分で濡らせと自慰行為をさせていた。
それで俺が興奮すると嘘を言って。
あいつに触れることはなかった。
「ヤク中経験者って、AIDS患者が多いって知ってたか?逮捕前まで巧と毎日ヤってたんじゃねぇの?」
「………!!!」
「巧の友達も隠れてヤクしてたんだろ?そいつらともヤってただろうが。お前の中に触れでもしたら、少しの傷で感染するからな。ゴムだって厳選してたぜ?絶対破れそうもないものに。お前を抱いたあと、身体を1時間かけて洗い流して。水をたくさん飲んで尿道に何も残らないように洗い流して。結構大変だった。」
俺の言葉に、真っ青になった綺羅。
次第にガタガタ震えだした。
「お前だって一度は手を出したんだ。挙げ句、そういう男たちとセックス。しかも一度だけじゃない。毎日繰り返し。最悪なことに、3つも重なってるんだから。俺は自分を守るために徹底するのは不思議じゃないだろ。検査だって受けたよ。…ま、一番検査を受けた方がいいのはお前だよ。」
「…う……嘘だよ!お父さん!こんな話信じないで!お父さん!」
「俺は嘘は言ってません。疑うなら…綺羅と一緒にこの店を訪ねればいい。」
電話機の傍にあったメモに巧の店を書いて、親父さんに手渡した。
この綺羅の動揺ぶりを、親父さんの目にどう映ってるのかは見れば分かるけど。
「…俺は11年前の事件以降、こいつの命令通りに動いてきたんですよ。」
「11年前…?」
「綺羅が変質者に襲われた事件。
…あの日約束を破ったのは確かに俺だ。でも、熱を出してずっと眠っていたから行けなかった。」
「………!」
綺羅にとっては初めて知る事実。
急に振り向いた綺羅が俺を見た。でも俺は親父さんから目を離さなかった。
「あのとき綺羅は、全部俺のせいだと。責任をとれと、そう言った。幼い俺でも、罪悪感はあった。そして綺羅の言いなりになると決意した。あれから11年。…いや、12年になる。…綺羅は俺を自分の思う通りに扱った。あいつを殴れ。迎えに来い。先生を虐めろ。あれを買え。付き合え。セックスしろ。あのときの傷痕を見せて、俺の心の傷を何度も抉りながら強要してきた。まるでロボットのようにお前に尽くしてきた。お前を殺してやるって何度も思った。寝てるお前の首に、何度も手をかけたよ。少し力を加えれば、お前なんか簡単に殺せるって。そう思いながら12年だ。もう十分だろ!」
「…颯汰!…もういい。もういいよ!」
今まで我慢してきたことを親父さんにぶちまけて、最後は乱暴な言い方になってしまった。
すると孝太郎が俺の頭を抱え、もういいと言ってくれたときに、思わず涙が溢れた。
「…孝太郎くん…」
少し間をあけ、情けない声が空間に響いた。
「…はい。」
「…君は…知ってたのか?」
「…知ってました。だから俺は、綺羅と距離を置くようになった。」
「……………」
「昔の綺羅はもういない。いるのは、颯汰を傷付けるだけの男狂い。俺は、颯汰を支えてやるのだけで精一杯だった。ずっと一緒にいたのは、こいつが綺羅のようなバカ女のために、犯罪者に成り下がらないようにしてただけ。俺はあの日から、お前が大っ嫌いだ。綺羅。」
「……………」
「今、颯汰が全部バラした理由がお前に分かるか?こいつはおじさんのためにキレたんだ。お前が颯汰を言いなりにするために、おじさんまで利用したから許せなかった。
…本物のバカだろ。救いようもない。颯汰と一緒にいるわりに、颯汰のことなんてこれっぽちも思っちゃいない。そんな奴が、颯汰を好きだとぬかすな!」
「………!」
「警察のとき、颯汰はお前を庇ってやっただろ。逮捕は免れたんだ。せめて、親には自分の行いを懺悔しろよ!おじさんも!仕事ばっかりやってねぇで、自分の娘をしっかり見てろ!溺愛にも程がある!叱るときはきっちり叱れよ!もう颯汰を解放してやってくれ!こいつは十分苦しんだんだ!
…颯汰。立てよ。綺羅とは別れた。お前は自由だよ。行こう。」
「…待って…颯汰!」
「颯汰に二度と近づくな!おじさん、綺羅を近付けさせないでくれ。颯汰は綺羅と別れた。それでいいでしょ?」
「…ああ。」
「嫌だ!颯汰!行かないで!見捨てないで!」
「颯汰を見捨てたのはお前だよ!触るな!」
最後は有無を言わせない孝太郎の決定で、俺は綺羅と別れた。
「…ありがとう…孝太郎…」
「泣くな!ここで抱き付くな!変な目で見られてるってば!颯汰!」
もう、こいつには頭が上がらない。
……一生。
「ありがとう…孝太郎…」
「颯汰。颯汰、聞けよ。」
「ありがとう…」
「あーもう!俺とお前の仲だろ!泣くなよ!」
そう言われても、止められるはずもない。
俺のために、悪者役になって。
俺を庇ってくれた。
今まで我慢しストレスになっていたすべてのものから解放されたという事実。
いくら感謝しても足りない。
「颯汰。もういいから。…な?お前、行かなきゃいけないところがあるだろ?」
「…そう……そうだ……」
「ほら。涙拭いて。走るぞ。行けるか?」
「行ける。」
「よし!行こう!」
こうなった今、俺は何も囚われてない。
下僕の人生から解放されたんだ。
武来に堂々と好きって言える。
俺と付き合ってって言える。
後ろめたいことなんて何もないから。
(今度は俺から言う。付き合ってって)
だから……死なないで。
一緒に生きていこう。
無事でいて。頼むから。
お前の名前のまんま。
武士のように勇ましく生きて。
昨日見たステージ上の武来が、頭の中を駆け巡った。そして、100回目と言った告白。
俺は断り続けてたのに、繰り返し言ってくれて嬉しかった。何度も心の中でいいよとOKしてたんだよって伝えたい。
早く、会いたい。武来。
また、俺に笑って見せて?




