4.怒の誘惑-11
近付いてきた救急車の音。
さっき見た光景が、現実のものだと思い知る。
裏手から出ていく救急車。
その後から数台の車のエンジン音がして消えていった。
一体どれくらいそうしていたのか分からない。
会場の外で呆然となったまま動けなくなってしまった。
目に焼き付いている武来の笑顔。
大好き!と言って走った。
そして崩れた。
頭の中はそれだけの光景しか繰り返されない。
今までどんな時間を過ごしてきたか。
どんな表情を見せてきたか。
どんな声だったのかさえ思い出せない。
その間、孝太郎は黙って傍にいてくれた。
「…颯汰。立てるか?」
「……………」
「勇ちゃんは大丈夫だよ。直ぐにみんなが処置してたし。」
「……………」
「まぁ、考えたらそこが一番気になるとこだけど。」
冷静なトーンの声が、やっと自分の耳に入ってきた。
そして、最後の発言が気になった。
「…何?…気になるって…」
「ん?…ああ。突然倒れたわりには、みんなテキパキ行動してたなって。」
「……え?」
「だって。そうだろ?いつも一緒にいる仲間や自分の娘が倒れたんだ。普通ならテンパるはずだ。一番始めに勇ちゃんに近付いた奴なんて、話し掛けるより先に、心臓に耳を寄せた。
…で、ふと思い出した。颯汰、あの子入院してたことあったろ。何度もそういうことがあったんじゃないか?」
「…あっ……!!」
そうだ。
俺は気になって聞いたことがある。
「孝太郎!……えっと…なんだっけ…えっと…」
「何?知ってるのか?」
「知ってる!あいつ、不整脈だって!…何て言ったっけ…えっと…」
「不整脈?…ちょっと待ってろ。」
孝太郎は直ぐにスマホを取りだし、検索した。
「…種類?でいいかな。…洞性頻脈?」
「違う!」
「…接合部性調律?」
「違う!」
「心房細動?」
「違う!…そんなのじゃない…えっと…症候群…!そうだ!なんとか症候群!」
「OK。不整脈 症候群で見る。…あった。ブルガダ症候群?」
「…!それ!ブルガダ症候群!!!」
何か、少しの希望のように見えた気がした。
どう対処するのかとか、薬とか、知ることが出来たら俺も何か出来るかもしれない。
(…自分から聞いたくせに!何忘れてんだ!)
こうなってから思い出すなんて。
自分のバカさに吐き気がした。
そして、孝太郎の言葉に目眩がした。
「……颯汰……」
「何?何て書いてる?」
「ブルガダ症候群って……突然死の可能性が高い病気だって…」
「……え?」
「急に…心室細動…起きて…死ぬ人多いとか…」
「嘘……嘘だ!」
「マジかよ…あの子…心臓に爆弾あったんだ…」
「嘘だ!!あいつはいつも元気に走り回ってた!心臓が悪かったらそんなのは出来ないだろ!」
「颯汰!ここに書いてる!日常生活に支障はない!運動も出来る!だが、突然心臓が止まるんだ!」
「…そんな…」
と、ある言葉が頭を過った。
『あんたは生きてるんだから!寿命分、精一杯生きられるんだよ!ちゃんと生きなさい!』
……ああ……
あれは、仔犬が溺れかけて…
泣きながら叫んだ武来の台詞だ…
「…孝太郎……それ…見せて……」
スマホを受け取ると、その説明が書かれてある。
圧倒的に男の方が多い疾患。
年齢だって、中年が圧倒的に多い。
それだけ見ても、10代の女の子が侵される病とは程遠いのに。
なぜ彼女なんだよ……?
『……………簡単に言えばただの不整脈です。』
武来はそう言った。
脈が飛んだとき、気持ち悪いってだけの問題じゃない。……ウソつき。
そして、ずっと感じていた違和感の原因が見つかった。
「颯汰。俺たちに出来ることはないよ。家に帰ろう。それで、明日もう一度ここに来たら、入院先とか勇ちゃんの状況とか分かるはずだ。」
孝太郎の言う通りだ。
俺たちは無力だった。
やっとの思いで家に着くと、ベッドの上で仰向けに横になる。
『元気いっぱい』と孝太郎に言われたとき
『…………それだけが取り柄ですから』と。
『時間が欲しい』と泣きそうに訴えたとき
『…………なんちゃってーーー!!!』と。
『…………もうちょっと一緒にいたくて』と。
インターハイ予選で泣いたときも
『…………泣いてません』と。
気付くべきだった。
何で今まで気づけなかった?
武来が嘘をつくとき、必ず少しの間が開いていた。
それが違和感として拭えなかったんだ。
相手を気遣うための優しい嘘。
心配させないように。そんな嘘をつく。
武来が倒れて入院したとき、どうして気付けなかった?
木に凭れ掛かって、頬を数回叩いても応じなかったとき、本当は具合が悪かったのか?
いろんなことを思い出す度に、それとなく俺に向けられていたかのようなSOS。
(武来…死なないで…生きていて…)
ステージ上で横たわる武来の顔色があまりにも真っ青で、生きてる感じがしなかった。
それを思い出せば、涙が溢れてきて止まらずにいた。
今までで一番真剣な告白だった。
それをあっさりフッた直後。
あんまりだ。後味が悪いだろ。
やっと綺羅に切り出せたのに。
その勇気をくれるだけくれて。
俺たちは始まってない。何も始めてない。
だから、必ず戻ってこい。
今は、祈って。
武来の生命力に懸けるしかない。
翌日の授業は、当然上の空。
何をやってても、武来のことが頭から離れなかった。
部活はどうする?
休んで海浜公園に行くか?
そうしたいのは山々だが、ウィンターカップの大事な時期に休めるはずもない。
少し息抜きにもなるはずだし、そうしたところで武来は喜ばない気がした。
優勝すると約束した。
メダルを首にかけてやるって。
俺はその約束を果たすために頑張らなきゃ。
部活が終わったら、ダッシュで行くから。
直ぐに会いに行くから。
そう思いながら一日が過ぎるのを待った。
「颯汰!今から行くの?」
「ああ。」
「俺も付き合う。一緒に行こう。」
部活が終わると、孝太郎が声をかけてきた。
今日一日、ずっと俺を気遣って大丈夫だよと繰り返し声をかけてくれた。
昨日のようにパニックになったら、俺はこいつの有り難さを痛感してしまう。
孝太郎の言葉に甘えて、一緒に海浜公園に向かって走る。
「部活後の全力ダッシュは…さすがにきついな…」
「…大丈夫か?…後からゆっくりで…」
「大丈夫…体力は…まだあるよ…」
息を切らせつつ、そんな会話をした数秒後、俺の携帯が鳴り響いた。
「孝太郎…ストップ。」
「…誰?」
「…綺羅から。」
「…!!」
急停止して息を整える。
孝太郎も顔が強張った。
綺羅のことをすっかり忘れてた。ちゃんと処理しなきゃいけない問題。
「もしもし。」
『…颯汰くんか?ちょっと話したいんだが。』
「………!」
綺羅の携帯から掛けられた電話の主は、綺羅の親父さんだった。
(…こんな手を使うとはな…)
「分かりました。直ぐに向かいます。」
何が起きてるか頭で整理しながら電話を切った。
「颯汰?綺羅だったの?」
「いや。おじさんの方。」
「マジかよ。」
「俺、綺羅の家に行ってくる。武来も心配だけど、あいつのことは決着つけないと。」
「…俺も行く。」
「孝太郎、有り難いけど、武来のことを聞いてきて欲しい。海浜公園に行ってくれ。」
「俺は勇ちゃんを信じる。彼女は大丈夫だよ。そうじゃなきゃ、美作辺りが騒ぎ出してもいいはずだ。そんなことはなかった。きっと無事でいる。だから俺も行く。お前を弁護しなきゃ、溺愛娘の言い分が通ってお前は悪者だ。そんなの許せねぇ。」




