4.怒の誘惑-10
翌日、昼休みに綺羅を呼び出した。
「颯汰?どうしたの?」
ニコニコしながら近づく綺羅。
俺は無表情のまま思いを告げた。
「綺羅。」
「ん?」
「俺と別れてくれ。」
「…なんで?」
「分かってるだろ。俺はお前を好きになることもない。これからも好きにはなれない。
…好きなヤツに胸を張って好きだと言える男になりたい。」
「…何それ…」
「お前と一緒にいると、過去に囚われて前に進めない。ストレスが溜まるだけ。だからもう別れてくれ。俺を解放してくれ。」
頭を下げてそれなりの誠意を見せながら告げた。
でも。
「…あの子がいなくなればいいのにね。」
「武来に何かしたら許さない。」
「何もしない。するとしたら颯汰よ。私をバカにしないでよ。そこまで落ちぶれちゃいない。」
泣きまくって嫌だと言うと思ったのに、意外と冷静だった。
その表情があまりに冷たくて、一瞬悪寒が走った。
その日、部活が終わると孝太郎の家に行った。
「颯ちゃん!久し振りね!いらっしゃい。」
「ご無沙汰してます。」
「おばちゃん、選抜に応援行くからね!頑張ってよ?高校最後だしね!」
「はい!応援宜しくお願いします。」
「颯汰、上にいこうぜ。」
「おう。」
久々に会った孝太郎のお母さんに挨拶を済ませ、孝太郎の部屋に行って出された麦茶を一気飲み。
「…何。まだ飲む?」
「いや。」
「………………」
「…あのさ。」
「うん。」
「綺羅に…別れてって言った。」
「マジで!?綺羅はなんて!?」
「特には。」
「別れてくれるってことか?」
「…多分違う。」
「は!?なんで?」
「武来がいなくなればいいのにって。だから何かあったら許さないって言ったら、俺にやるみたいなこと言ってた。」
「……!!十分言われてるじゃねぇか!」
「……あ。ごめん。」
「お前に何かするって!何だろう!嫌な感じ!俺が言ってやろうか?」
「落ち着けって。」
「落ち着いてられるか!お前に執着するような女だぞ!ムカつくくらい!」
「いつも言ってるだろ。俺と綺羅の問題だ。」
嬉しくて喜んだかと思えば、今度は焦っている。
俺のことを心配してくれる親友。
本当に、孝太郎がいてくれて良かったと、つくづく思った。
「孝太郎。俺さ、昨日のこと考えたよ。」
「何を?」
「俺、あいつが好きだって言って。あいつも腹の底から俺に言ってきて。本気で向き合って、本気で付き合いたいって思ったんだ。」
「……ああ。」
「女を好きになるって。…なんかスゲェな。」
「ハハッ!何語ってんだよ。」
「…俺…変わっていく…あいつが変えてくれた…一生綺羅に囚われたままでいいって思ってた。お前に言われても、それが変わることはなかったのに。」
「…そうだな。」
「…武来の一途さに惚れて…純粋さに惚れて…笑顔に惚れて…話せば話すほど、心に響く言葉を俺に言ってくれて。何より、一緒に時間を過ごすだけで、自然とストレスがなくなっていく感じなんだよ。」
「ああ。分かるよ。俺も彼女といるときはそうだよ。お前とは何か違う安心感って言うか…」
「そう。そんな感じ。」
「でも…そうだな…お前がこんなに自分のことを話したりするようになったのは、勇ちゃんのお陰だと思う。」
「…お前には話す方だろ。昔から。」
「いや。無口。無反応。それがお前。」
「失礼な。」
綺羅に別れてと言っただけで、何か自分が変わった気がする。
問題は山積みだけど。
気分の問題だろうか。
武来に好きだと言えた。
綺羅に別れてと言えた。
世界中には、もっと酷い状況の人がいて、今の俺を見ると、甘いやつだとバカにされるかもしれない。
それでも、綺羅に支配されて生きていくと諦めていた自分にとって、その二つが言えたことは、俺なりに前進できたと思える。
少しカッコいいって思える。
「…颯汰。」
「ん。」
「明日、楽しみ?」
「ん。凄く楽しみ。」
「俺も。部活終わったら直ぐに行きたい。」
「走っていこうぜ。」
好きなやつがいて、応援してくれるやつがいる。
それだけでも、幸せかもしれない。
翌日。
部活が終わると直ぐに孝太郎と走り出す。
早く見たい。早く彼女が見たい。
「孝太郎。席どこ?」
「前列のVIP席だ!マジかよ!」
「行こう。」
俺たちのために取ってくれたのはVIP席。
そこに腰を据えると、今か今かと待ちわびる。
開演時間。
観客の拍手と共に始まったサーカス。
ステージにはピエロが一人。
多分、武来のお父さん。
ピエロのメイクは常に笑顔で観客を楽しませているが、鋭い目はステージの安全を見守っているのが分かった。
「あ!勇ちゃんだ!」
「勇ちゃん!!可愛い!ガンバレー!」
「「!!」」
武来が可愛い衣装で登場すると、観客が声援を送り会場が湧いた。
「…何?すごい人気だな!」
「…モテモテじゃねぇか。」
「ヤキモチやくなよ!あほ!」
武来の動きに目が奪われる。
終始笑顔で技を繰り出して、それが成功する度に大きな歓声と拍手が送られる。
俺も孝太郎も夢中でサーカスを見ていた。
武来が出てくるときは特に集中して。
コミカルな動きを見れば、観客が笑顔になり。
ダイナミックな技の前では、観客が拳を握る。
技が成功すれば、全員が手を叩いて喜ぶ。
まさに会場は心が一つになった感覚。
そして、ラスト。
練習しているとき失敗ばかりしていたもの。
(頑張れ!頑張れ!)
両手を合わせて祈るように見つめる。
二つの玉が上下に重なり、その上に武来が乗って歩き出す。
歩くだけでも相当難しいはず。
だけど武来は、その上でジャンプしたりバク転したり、ヒヤヒヤする動きを見せる。
高さ5mはあるだろう場所から、見事マットに着地すると、大歓声に包まれた。
「「…!」」
声援に答えながら、武来が俺たちを見付けた。
俺たちを指差して、その指を下に向けた。
「何だろう?」
「ここにいろってさ。」
「…は?お前分かったの?」
「以前、俺がやった。」
インターハイ予選会場で、学校サボって応援に来てくれたとき、武来を引き止めるために俺がやった行動そのもの。
サーカスが終わり、客もすべて出ていき、俺と孝太郎だけが席に座っていた。
さっきまでの歓声が嘘のよう。
静まり返った会場の中で待っていると、武来が団員と共にステージの袖から出てきた。
「夏目先輩!孝太郎先輩!来てくれてありがとうございます!」
「勇ちゃん!凄かったよ!興奮した!」
その笑顔は、達成感と満足感で満ち溢れていた。
俺たちが全力を出しきった試合後のよう。
「成功して良かったです!昨日も今日も。…開演前まで練習して、本番で成功しました!」
「本番に強いタイプかな?」
「そうかもしれません。夏目先輩、私、頑張りました。どうでした?」
「鳥肌立ちまくり。」
「「アハハ!」」
「本当。凄かった。」
「ありがとうございます。」
瞬間、少し雰囲気が変わった。
あの、大人びた笑顔。素の笑顔。
「…夏目先輩。」
「ん?」
「私、入学してからずっと数えてました。次が100回目です。」
「何が?」
「大好きです。私と付き合ってください。」
「……………」
何度も心でいいよと言った。
その言葉を聞くたびに、ドキドキしてズキズキした。
俺は、行動も起こした。
でも、正式に綺羅と別れたわけじゃない。
いいよと言えればどれだけ嬉しいか。
今、それを言いたいのに。言ってしまえば武来の言う誠実な接し方ではない。
「……ごめんな。付き合えない。」
「…アハハ!またフラれちゃった!」
学校でいつも見せる無邪気な笑顔。
俺には作り笑いにしか見えなかった。
まるでさっきのピエロのように。
笑顔の下は、笑顔じゃない。
それがピエロ。
「…用があったのはそれだけです。技が成功したら、カッコいいって思って、付き合うって言うの狙ってたんだけどな!」
「ごめん。武来、俺は…」
「…勇ちゃん。もう少し待ってあげて?」
「待つも何も。また告白しますって。今までの私を見てたでしょ?
…しつこい。ストーカー。めげない。私のモットーです!」
武来は笑顔でガッツポーズをした。
本当にこいつはスゲー奴だ。
落ち込んだ心を浮上させる。
一瞬でドン底から連れ戻す。
「…颯汰。帰るか。」
「ああ。」
「暗いですから気を付けてくださいね!」
「りょーかい!勇ちゃん。ありがとう。」
「また学校でな。」
「はい!先輩!大好き!!」
そう言ってステージに向かって走った。
その背中を見送る。
それは 一瞬だった。
ゴッッッ!!!!
「「!!!」」
ステージに辿り着いた瞬間、不気味な音と共に頭から倒れた。
まるでスローモーション映像を見ているよう。
「……武来ーーーーー!!!!」
慌ててステージに掛け登った。
「ちょっと君!…夏目颯汰!舞台から降りて!俺たちの聖域だぞ!」
「んなこと言ってる場合か!武来!武来!!」
「誰か団長呼んでこい!!救急車も!!それから夏目颯汰引き摺り出せ!邪魔だ!」
「クソ!何すんだ!離せ!武来!俺だよ!目を開けて!武来!」
「…ヤバい!AED持ってこい!」
ステージ上で真っ青になって横たわる武来。
光希さんが武来の服を引き裂くと、露になった胸元にAEDが装着された。
『ショックが必要です。離れてください。』
「何だよ…なんだこれ!何言ってんだあの機械!」
「颯汰!落ち着け。」
「君たち!出ていきなさい!」
「…武来の…お父さん!…武来はどうなってるんですか!武来!」
「見て分かるだろ。心停止して蘇生中だ。今から病院に連れていくから、君たちは帰りなさい。」
「武来ーーー!!」
「君!頼む!今は帰ってくれ!頼むから!急がないと勇が死んでしまう!」
「分かりました。…颯汰、行くぞ。」
「武来!武来!しっかりしろ!」
颯汰に羽交い締めされて、会場の外に連れ出されると、ガクッと膝から落ちた。
「…こ…たろ……武来は…どうなって…?」
「…分からない。」
「武来は……死んだのか……?」
「死んでない。大丈夫だよ。」




