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道化師の思惑  作者: 水嶋つばき
4.怒の誘惑
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4.怒の誘惑-9

「……孝太郎……」

「…ん?」

「……今から……付き合え。」

「……海浜公園?」

「ああ。」

「…俺、お前のそういうところ好きだな。…行くか!サーカス!」


それから直ぐに孝太郎と二人で海浜公園に向かった。

しかし、その門は固く閉ざされたままで。


「あれ。今日休みなのかな?」

「いや、昼と夜、二回公演は、土日と祝日だけだ。平日だからもう終わったんだよ。」

「………ふーん♪」

「うるせぇぞ。」

「何も言ってねぇよ。」

「調べたよ!クソ!…行くぞ。」

「マジで?…不法侵入じゃねぇのこれ!」


門によじ登り飛び越えると、渋々言いながらついてきた孝太郎。

そこから走って、いつも武来が消える場所に向かった。

そのメイン会場の中の様子を伺う。

中では、大勢の人が練習をしていて。


「…孝太郎、見える?」

「んー。ちょっと見えづらい。もう少し近くまで行くか?」

「そうだな。」

「…って。これマジでヤバいんじゃねぇの?関係者以外立ち入り禁止って書いてるぞ?」

「……中に武来がいるなら、俺たちも関係者。」

「スゲー屁理屈だな!」

「よし!いいだろう!…勇!前へ出ろ!」

「はい!」

「「!!!」」


目を凝らして捜している途中で、指揮を執っていた男が武来の名前を呼んだ。

そこに現れたジャージ姿の武来。

セットの上までいくと、この間見た空中ブランコを始めた。


「…スゲ……勇ちゃん…カッコいいな…」

「何度見ても鳥肌立つな…」

「見たことあったのか?」

「一度だけ。インハイに負けた日。…あいつの前で泣いたって言ったろ。その時に見せてくれた。」

「…元気付けてもらったのな。」


…そういうことではなかったけど、そう捉えても可笑しくないほどスッキリした記憶はある。

その力を、武来が持っていることも。

そのすべてが有り難く、愛しく思ったのも記憶している。

空中ブランコや綱渡り、火の輪を潜ったり、高くジャンプして数メートル上にいる人に飛び乗ったり。

見れば見るほど、サーカスというものが、如何にバランスを要求されるものなのか理解できる。

その優れた体幹は、ここにいるすべての人が併せ持っている。


「「…あっっ!!!」」


練習の途中、大きな玉の上に玉を乗せ、その上に武来が乗って歩き始めた瞬間、バランスを崩して倒れた。

それを床に叩き付けられる寸前にフォローしてくれたのは、光希さんとか言っていた男。

多分、この演目のトレーニングだったんだ。


「…勇!注意力散漫の動きだな!集中してない!そんなことでは怪我をする!」

「すみません!団長!」


指揮を執っていた男は団長

つまり、いつもはピエロの格好をしている武来の父親ってことか。

娘に対しても贔屓目で見ることなく、一団員として厳しく接している様子。


「ダメだ!もうやめろ!降りるんだ!」

「すみません!集中します!」

「その位置から落ちると骨折する!やめなさい!来るんだ勇!ここを鍛えなさいと言っただろう?なぜ出来てないんだ!」


そう言われて、武来は何度も拳骨を食らい、団長の手にあった鞭で叩かれた。

その度に顔が歪んでいく。

集中出来てないのは、恐らく俺のせい。

今、練習してるってことは、きっとあれから泣く暇さえなかったはずだ。

理性と感情のコントロール。

武来が教えてくれたものを、武来自身が実行できてないんだ。


「…ちょっと待った!それ!俺のせいなんです!すみません!!だから叩かないでください!!」

「……おい!颯汰!大胆すぎだろ!!俺たち不法侵入者だぞ!」

「……………やば。」


顔を歪ませる武来が見てられなくて、思わず立ち上がって叫んでしまった。

ステージ上にいる全員が、俺に集中して視線を浴びせた。


「あーーー!!勇の思い人!」

「あ!ホントだ!本物だ!」

「この前ここに来たよな?」

「カッコいいな!おい!イケメン!」

「あれ?なんでここに?勇が呼んだ?」


ステージ上で大騒ぎして、俺は注目の的。

ちょっと焦り始めた頃、武来と団長が同じ顔で固まっているのに気付く。


「…ブハッ!…ちょ…颯汰!見ろ!あの親子!」


ああ。うん。お前は笑ってろよ。

見てると、同時にビクッと肩を揺らせ。

同時に顔を見合わせ。

同時にこっちに向かって走り出した。


「え。…ちょっと待て…!なんだ?」

「アハハハハ!どっちも必死!親子!」


笑い死ねよ!孝太郎!

焦りの色を隠せない武来と、若干涙目の父親。

同じスピードで迫ってくるのは、怖いものがあるだろ!


「先輩!逃げて!」

「先輩!逃げるな!」

「…うおっ!!」


ほぼ同時に俺の元に到着し、ほぼ同時に二人から胸ぐらを掴まれた。


「どうしてここにいるんですか!」

「君なの?夏目颯汰?本物?娘の心を奪ったのは君なんだね?」

「お父さん!あっちいって!邪魔!先輩から離れてよ!構わないで!」

「娘を返せ!まだ誰にも渡さん!」

「お父さん!いい加減にして!夏目先輩!孝太郎先輩!早く出て!こっちです!」


終始笑いこけていた孝太郎と俺の手を取ると、走って門のところまで来た。


「何をされてるんです!お二人とも!」

「アハハ…そっくりだね、勇ちゃん。」

「そういうことじゃありません!不法侵入ですよ?分かってます?」

「…ごめん。」

「あれ?勇ちゃんがいるから大丈夫って言ってた強気の颯汰はどこに行った?」

「…は?何ですか?それは。」


みんなに見つかるし。

武来にも怒られて。…最悪だ。

息が落ち着くと、孝太郎が少し離れた自販機に歩いていった。


「…武来。…さっきはごめんな。」

「……………」

「ごめん。」


謝っても俯いたままで、その表情さえ見れないまま、しばらく沈黙が続いた。

この緊張感。ドキドキする胸を押さえて、武来に一歩近付くと顔を上げた。


「先輩!ここでちょっと待っててください。」


それだけ言うと、会場に走っていった。


「…勇ちゃん、なんだって?」

「待ってろだって。」

「謝った?」

「ああ。そしたら待て食らった。」

「…犬か。お前は。」


孝太郎の買ったジュースを飲みながら待つこと数分。またも勢いよく走ってこちらに来た。

深呼吸をして、俺を見上げた。


「…先輩。今から言うこと聞いてください。それには必ず答えてください。」

「分かった。」


孝太郎が横にいるのに、それに構わずといった感じ。

すると、また深呼吸をして。


「夏目先輩。好きです。付き合ってください!」


正面から俺を見据え、真っ直ぐな目と心で思いをぶつけてきた。


「…ごめん。付き合えない。」

「好きです。付き合ってください。」

「…ごめん。」

「好きです。付き合ってください。」

「ごめん。」


何度も何度も思いをぶつける。

告白の度に俺が断る。

それを知りながら、尚、続ける武来。

次第に涙目になって訴える。

俺も泣きそうになって涙を堪えた。

思いは通じてるのに、受け入れられない。

それが苦しく切ない。

数十回繰り返された告白。

数十回繰り返された断り文句。

こんなのあんまりだ。武来。

俺もお前も傷付くのが分かっててそうしてるのか?

お互いボロボロになってぶつかり合い、涙を流した武来を見て俺も流した。

叶えたい。でも叶えられない。

だからこうして思いを確かめるように、お互いの感情をぶつけていく。

すると、勢いの止まった武来。

急に言うことを変えた。


「先輩。好きです。…私のこと好きですか?」

「………好きだよ。」

「私のことどう思ってますか?」

「…可愛くてしょうがない。好きで堪らない。」

「本当に好きになってくれました?」

「ああ。好きだよ。」

「……それだけで……満足です……」


泣きながら笑顔を見せた武来。

俺も同じように笑顔を向けた。

隣からも、鼻を啜る音が聞こえる。

孝太郎も我慢して。俺の気持ちにリンクして涙を流してる。


「……孝太郎先輩!」

「はい!……え。…うわ!!!」


孝太郎を呼ぶと、孝太郎に向かって踏み出した武来は、思いっきり抱きついた。

それを眺めていると、何となく理解できた。


「夏目先輩!今度は先輩の番!」

「…うん。……おいで。」


つまり、孝太郎にも抱き付いたってことは、俺にも権利がある。

友達のハグだからって言い聞かせながら、好きだと言って言われての応酬に、お互い我慢の限界だった。

泣きながら俺の懐に入ってきた武来。

さっきとは違う。

抱き締めているのは俺だけじゃない。

武来も俺を抱き締めている。


「……先ぱ……好きぃ……」

「……俺も好き。武来が好きだよ。」


まるで恋人のように告白し合って、抱き締め合って、一時して離れた。

鞄からタオルを取り出して武来の顔を拭く。

自分の顔は、服の袖で軽く拭う。


「…泣きすぎ。」

「先輩に言われたくないです。」

「うるさい。」

「痛いです!」

「黙れ。」


俺はどうやったらいつもの雰囲気に戻るか知っている。

喜ぶ言葉も、悲しむ言葉も。

乱暴に顔を拭いた後、タオルをどければいつもの笑顔。ホッと胸を撫で下ろす。


「夏目先輩。…孝太郎先輩。」

「ん?」

「何?」

「…明後日、夜から暇ですか?」

「夜は孝太郎と公園で練」

「暇だよ。どうしたの?勇ちゃん。」


(…いってぇ!!ケツ蹴られた!)


正直に言おうとしたら、思いっきり蹴られたケツ。そこを擦りながら、嘘を言ってニコニコしている孝太郎を軽く睨んだ。

それを見た武来は、目を大きくして、クスクス笑い出した。


「孝太郎先輩は空気読める人ですね。」

「何のことかな?」

「ありがとうございます。…これ、チケットです。最後に出るんです。見に来てください。」

「…最後?」

「大トリってヤツです。抜擢ですよ。」

「スゴいじゃん!俺も見てみたいと思っ」

「必ず行く!絶対行く!」

「…はい。」


会話途中の孝太郎を遮って身を乗り出した。

呆れた顔の孝太郎。

クスクス笑った武来。

大人びた笑顔。

自然な笑顔をまた見せてくれた。

これで…大丈夫。

明日からも…無視されずに済んだ。

謝りに来たのに、思う以上の収穫。

「また明日」と笑顔で去っていく武来を見送り、思いをぶつけ合ったことで、多少スッキリしている自分がいた。


「…なんか。いいもの見せてもらった。…すごい絆だな。お前たちカップル。」


敢えてカップルという表現を使ってくれた孝太郎は、俺を見つめて頭を乱暴に撫でた。

武来が好きと言って俺の腕の中にいた。

その温もりが忘れられない。

小さく震えながら抱き付いてきて。

それだけで、武来の気持ちが強く伝わってきた。

何回も告白されて。

嬉しいのに。好きなのに。

全部断って。

ドキドキしながらズキズキしてた自分の胸。

意味分からない。

どっちだよって突っ込み入れたくなるほど、鼓動が早かった。


(もう…限界…)


思いを伝えた瞬間からそうだ。

俺はあの子のために、逃げるのはやめて、立ち向かおうと思った。

難攻不落の城攻めに挑む。

孝太郎でさえ方法が分からなかったものだけど。

行動しなければ、何も始まらない。

その一歩だけでも踏み入れよう。

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