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道化師の思惑  作者: 水嶋つばき
4.怒の誘惑
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4.怒の誘惑-8

10月半ば、ウィンターカップ予選が始まった。

その頃には、育てた後輩が凄い成長を遂げていて、就職組の部に残った3年は一度も予選を出ることなく優勝。

全国大会の切符を手に入れた。


「…まさかここまで出来るとは思わなかった。」

「なんで?俺たちの扱きに耐えてきた連中だ。当然だろう。」

「お前さ、本選も後輩に任せる気?」

「ある程度はな。俺はもうキャプテンじゃないし、采配は新キャプテンに任せるけど。」

「嘘つけ。メチャクチャ指示出してたくせに。」


予選前に行った世代交代。

俺たちの代から次の代へ受け継がれていくバスケの伝統と思い。

残った3年は、ウィンターカップで高校バスケから完全に引退する。

だからこそ意味のある優勝になる。

最高のプレゼントを後輩に出来るから。


「明日、明後日と練習試合が続くから、身体休めないと。……と!携帯がない!」

「…教室に忘れてきたんじゃね?」

「そうかも。取りに行ってくる。」


部室を出て鍵をかけ、中庭で孝太郎を待っていると、どこからかボールの音が聞こえてきた。

毎日聞く音。俺を夢中にさせるバスケットボールを床に叩きつける音だった。

部員たちは全員帰宅したはず。

体育館の鍵も閉めたはず。

不審に思いながらその音源を探ると、なぜか体育館の中からで。

でも、ドアにはやはり鍵が掛かっている。

ふと目を落とせば、武来が顔を覗かせていた小窓が開いていて、そこから中を見てみる。


「…コラ!不法侵入!!」

「わっ!…夏目先輩!ビックリした!」

「そこで何してる。」

「先輩の真似っこです。」

「アホか。ドアを開けて。」


武来の身体が入るくらいの大きさしかない小窓は、俺に抜けられるはずもなく、中から鍵を開けてもらう。


「…!!やぁああーーー!!!」

「暴れるな!俺はここの責任者なんだよ!侵入ネズミは駆除すべし!」

「もうちょっとだけ!もうちょっとだけ!」

「ダメだ!ここから出ろ!」

「5分でいいです!」


首根っこを掴まえると、強引に引き摺り出そうと試みるも、抵抗されてもう少しと訴えられる。

一つ溜め息を吐いて武来を見ると、チビスケの甘え顔で俺を見上げていた。


「…で、なにしてんの?」

「特には。…余韻に浸ってたって言うか。」

「…は?」

「予選、観に行きました。…先輩、凄く出たそうだった。でもやっぱり後輩思いで。我慢してボールを触るだけで気を紛れさせようとしてた。」

「…見てんじゃねーよ。」

「私の視界は先輩だけのものです!」

「アハハ!」


ガッツポーズまでして言うことか?

思わず笑ってしまった。

でも、試合を見に来てくれていたんだ。

今回は全く気配を感じなかった。

それくらい後輩の試合に夢中になってたのか?

それとも武来が気配を消していた?


「笑い事じゃないです!

…でも、先輩が必死に我慢してるのが分かったから、私がバスケットしているんです!」

「……ゴメン。意味不。」

「もう!先輩の代わりに予選の余韻に浸ってると言ってるんですよ!

…でも。あれだな。結構難しい。どうして先輩はそこまでボールが入るんですか?」

「それだけ練習してるんだ。お前の空中ブランコと一緒だろ?」


ボールを奪うとゴールに向かって放る。

パシュ!とネットだけの音がしてシュートした。


「…何それ。自分ばっかりヒョイヒョイ出来て!一回シュートしてみたいです!」

「だから、練習あるのみ。」

「分かりました。今日からやってみますよ!」

「負けず嫌いだな。」

「悪いですか?……あ、そうだ!先輩、あれやってください!ダンクってやつ!」


プクッと頬を膨らませて拗ねたかと思えば、今度は目をキラキラさせて俺を見上げた。

うん。嘘の表情じゃない。

武来自身本来の表情。


「いいよ。見てろ。」


鞄を床に置くと、ドリブルしながらゴールに向かって進む。

2歩手前、ボールを手に取る。

2歩進んだところで、思いっきりジャンプ。


……ッガァァァン…!!!!


いつもは賑やかな音で溢れかえる体育館に、俺の叩き込んだボールの音と、軋むゴールの音だけが響いた。


「……ひゃー……迫力……!!スゴイスゴイ!!先輩!カッコいい!!」


着地して、武来を見る。

数秒間、目を見開いて固まっていた武来は、手を叩いて喜んだ。

こんなに近くでダンクを見たことはないはず。

その興奮を、目一杯表現する。

素直で純粋な行動に目が奪われる。


「…先輩?」

「ん?」

「ダンク決めたの、嬉しかったですか?」

「……え?」

「だって。凄いニコニコ!先輩が嬉しいと、私も嬉しい!わーい!」


今度はピョンピョン飛び跳ねた。


(…駄々漏れじゃねぇか…)


顔が熱くなるほど恥ずかしくなって、口元を手で押さえながら横を向いた。

こんな二人きりの時間、あの日以来だ。

時に切なく、時に苦しく、時に痛い。

胸がキュッとなるほどの痛みすら、武来に与えたくはない。

笑って傍にいて欲しいから、敢えて二人の時間など拒否するように行動した。

面と向かって会話することも久々で。


「…お前もやってみるか?ダンク。」

「やりたいです!…あ。でも、精一杯ジャンプしても、ネットさえ掠りません。」

「出来るよ。ほら、ボール持て。俺がジャンプしたら、ど真ん中に叩き付けろ。いくぞ?」


武来を抱き上げると、リングの下へ移動する。

そして、軽い跳躍でゴールに向かうと、武来は言われた通り、ど真ん中に叩き付けた。


「やった!出来た……先輩!!!」

「……ってーー……」

「ごめんなさい!大丈夫ですか!怪我はしませんでしたか?…どうしよう!…先輩!」

「大丈夫だ。……ちょっと痛かった。」

「うわーん!ごめんなさい!」


綺麗に決まったダンクが、俺の頭を直撃。

一瞬クラッとしたが、何とか持ちこたえた。

武来を抱き上げている今、倒れてこいつに怪我なんかさせられない。

そう思って、力を込めた。

武来は俺の頭を撫でて「痛いの痛いの、飛んでいけ!」なんて言っていた。

それが可笑しくなって、笑いながら武来を見た。


「……!!」


触れたら最後。歯止めが利かなくなる

リフレインした孝太郎の言葉。


(……しまった……!)


抱き締めている女は好きな相手で。

至近距離にある武来の顔に息を飲んだ。

誰より身近に感じたい。

本気で自分から惹かれた女。


(…ダメだ!……抑えろ!)


傍にいるだけで落ち着く。

心が安らぎ、たまに見せる大人びた表情が堪らなく愛しい。

俺に向ける言葉は、すべてが俺のためにある言葉で、俺自身を素直にさせていく。


(…離れなきゃ…ダメだ!ダメだ!)


「……先輩?やっぱりまだ痛いですか?」

「……………」


武来が心配そうに俺を見る。

頭を撫で、頬を撫でられる。

その温もりが、俺の鼓動を速くさせる。


「……武来……」

「…はい?」

「……武来……武来…!!」

「…先輩…?……く…苦しいです!」


その華奢な身体を思いっきり抱き締める。

ずっとこうしたかった。

手を握るだけじゃ物足りない。

すべてを背負ってでも、こいつのことを包んでやりたいと何度思ったか。

やっと叶えられた願望。

達成された願望は、更なる欲望に変わる。

ゆっくり武来を床に降ろして、また直ぐに抱き締める。


「先輩…どうしたの?」

「…お前なら気付いているだろ?」

「……え?」

「…お前なら、もう気付いているはずだ。俺の気持ちに。……そうだろ?」

「……………」


これだけ俺を見ている。

些細な変化さえ気付くような奴だ。

だったら既に分かっているはず。

そう思って口に出すと、案の定武来は黙って俺を見て、言葉にも行動にも表すことなく目だけで肯定した。


「……!……先輩!ちょっ…!」

「俺を拒否るな。」

「…待ってください!先輩!」

「……無理。」


顎を捉え上に向かせると、何か察した武来は、俺の腕の中で暴れ始めた。

抵抗するなと言わんばかりに、抱き締める力を強くして、再度顎を捉えると、その唇に触れる。

初めて触れた身体。

初めて触れた唇。

完全に理性なんて吹き飛んだ。

俺が与えるキスを苦しそうに受ける。

潤んだ瞳が、さらに俺を煽る。

何度も何度も角度を変えて、溺れていくように夢中になる。


「…待って……待ってよ!」

「…好きだよ武来。…俺も好きだ。」

「…せ……ン!!!」

「お前が好きだ。」


決して言ってはいけない禁句を言い、気持ちをぶつけてキスをして。

俺の欲望は、強引とも言える方法で達成された。

離れたくない。ずっとこうしていたい。

……そう思った瞬間。


「…ッ……先輩!彼女と別れたんですか!!」


叫びにも似た声が体育館に響いた。

それで自分の理性が舞い戻った。

武来を見ると、顔を真っ赤にして、嬉しくもあり悲しくもある複雑な表情。


「…答えてください。別れたんですか?」

「……いや……」

「これは、別れて私と付き合ってくれるっていう意味ですか?」

「……………」

「黙ってないで答えてください!」

「…お前とは……付き合えない。…でも好きなんだ。お前が好きで堪らない。」

「……でも付き合えない?」

「……ああ。」

「だったらこんなことしないでください。私は先輩が好きです。先輩の気持ちも知ってます。でも、好き同士でも付き合えないのなら、こういうことはしちゃいけない。彼女と別れられないのなら、やっちゃいけないんです!」

「…武来。俺は気持ちを正直に」

「好きだけどダメですよ。人には誠実に接してください。…彼女さんにも。」


寂しそうな笑顔。懸命に堪える涙。

踵を翻すと、走って出ていった。


「……わっ!!」

「…いて…!…あれ?勇ちゃん?」

「孝太郎先輩!…ごめんなさい!大丈夫?」

「ああ。…颯汰見なかったか?」

「夏目先輩なら、体育館にいます。」

「そう。行ってみる。ありがとう。」

「孝太郎先輩!!夏目先輩が落ち込んでます!どうか宜しくお願いします!」

「…落ち込んでる?どうして?さっきまでは」

「私のせいです。ごめんなさい!失礼します!」


孝太郎が捜しに来たのか、ドアの直ぐ向こうから話し声が聞こえてきた。

…悪いのは俺なのに、俺を庇う武来。


「…あ、いた!捜したぞ!……って。本気で落ち込んでるし……何かあった?」

「……………」

「……颯汰?平気か?」

「……平気じゃない……

……傷付いたのは…武来の方だ…」

「……は?」

「……タガが外れた……」

「……!!」

「やっちまった…!どうすればいいんだ…」

「……颯汰……」

「今まで…我慢できたのに…!お前の言う通りだった!気を付けてたのに…!」

「…………」

「触れた瞬間、何かが弾けた!好きだって言って、強引にキスした!」

「……うん。……好きだもんな。よく我慢した方だと思うよ。」


後悔の念が後から押し寄せる。

俺は武来になんて顔をさせてしまったんだ。

今ごろ泣いてる。

どうすればいいんだ…

こうなったら、あいつは俺を避けてしまう。

早いうちに謝っておかないと、さらに傷を深くしていくだけだ。

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