4.怒の誘惑-6
「ああ!ホントだ!先輩だ!ヤッホー!」
「……………」
まるで、ブリッジしてる感じ。
逆さまに俺を見て、笑顔を向けた武来。
「何してんの?」
「バランス最上級の特訓です!光希さん。こちら夏目先輩です。先輩。こちら団員の光希さん。」
「はじめまして。」
「勇から毎日聞いてます。バスケマンの夏目颯汰でしょ?カッコいいだの好きだの」
「わぁああ!光希さん!何言うんですか!」
うちの部員たちと何一つ変化のない接し方。
真っ正面から告白してきた武来の特徴とも言える、裏表なく、相手で接し方を変えない態度。
「…お兄さんはお邪魔虫かな?勇。先輩に送ってもらえば?」
「……あ、そうですね。先輩、いいですか?」
「別に構わないけど。」
「良かった!特訓から解放された!」
「バーカ。明日倍に増やすからな。じゃ、俺は戻るよ。夏目颯汰、勇をよろしく。」
光希さんと呼ばれていた男は、軽くストレッチをすると、暗闇に消えていった。
すると、斜め下方から視線を感じ、そこへ目を移せば、ジッと俺を見つめる武来の姿。
「…武来。今日はごめんな。」
「何がですか?先輩、約束果たしてくれてる。」
「……え?」
「だって、今から送ってくださるんでしょ?ほら!約束守ってる!」
ニコニコ笑顔を向け、ごめんという謝罪の言葉を受け入れない。
これも俺が落ち込むことのないように。
「先輩?だからごめんは必要ありませんよ?ごめんって言ったら殴ります!」
「……ごめん。」
「ーーーー!!ーーーー!!」
「殴っていいよ。」
「殴れません!もう!!」
「…ハハッ!」
いとも簡単にストレスが消えたような感覚。
何度味わったんだろう?
こいつの笑顔に何度救われた?
(…愛しすぎる…)
可愛いその笑顔を守れるのなら、俺は警察なんて怖くない。
素直にそう思った。
その間、片時も目を離すことはなかった武来が口を開けた。
「……先輩?」
「ん?」
「……気分悪いですか?」
「……いや。大丈夫。」
ほら。また。
こうして俺をしっかり見てくれる。
「…そうですか。」
大人びた笑顔を見せると、近くのベンチに腰を下ろし、鞄の中からタオルを二枚取り出した。
汗を拭いながら俺に
「ちょっと休憩させてください。疲れちゃって。…先輩も座りましょう?」
そう言って俺をベンチまで導く。
武来隣に座ると、武来は真っ赤になりながらベンチの端まで移動して。
「……わっ!!!」
「……………」
無言で俺の腕を引くと、頭を掴まれ武来の膝の上にあったタオルに押し付けられた。
「…ベンチで膝枕は恥ずかしいですから何も言わないでください!
…やせ我慢してる!先輩、泣きたいんでしょ?泣いていいですよ!」
この時間。
海浜公園の門で、こいつに向けた感情と同じ。
的確な判断は、安心を生む。
俺にとって、こいつは既に、唯一無二の存在かもしれない。
「…我慢しなくていいです。一人で何を背負ってるんですか?孝太郎先輩に連絡しました?きっと孝太郎先輩は夏目先輩の力になってくれますよ。吐露してみましょう?
…あ!そっか!孝太郎先輩の連絡先知らないんだっけ。…先輩、携帯貸してください。」
「…孝太郎にはちゃんと話すよ。」
「じゃあ今すぐ連絡」
「武来。いいから黙って。」
「…え?」
「黙って。ちょっとでいいから。」
そう言うと、ゆっくりと撫でられる頭。
落ち着いて大丈夫
そう言ってる。
それがすごく安心できて、心の中が凪いでいく。
「…ありがとう。…帰るか。」
時間にしてたった5分。
撫でられる感触と武来の温もり。
それだけで大分落ち着いた自分がいた。
これ以上触れてたらダメだ。
制御できなくなる。
自ら起き上がり、武来に笑顔を見せる。
「…まだ本気で笑ってない。…でも、後は孝太郎先輩にお任せします。だから、直ぐに連絡するって約束してください。」
「ああ。お前を送ったら電話する。」
「はい!それでいいです!」
俺から言い出さないことは無理に聞かない。
自分の立場を分かってると言ってる感じ。
そんな武来の腕を掴むと、昨日と同じように手を繋ぐ。
少し力を込めれば、武来も力を入れ。
緩めれば、武来も緩める。
指を動かして撫でれば、その指を捕まえられて。
何も喋ることなく、ただ、繋がれた手だけで会話しているよう。
海浜公園の門に着くと、武来は立ち止まって俺を見上げた。
「♪上を向ーいて、あーるこうなーみーだーがー、溢れないよーーに♪
…知ってます?この歌。」
「……ああ。」
「…涙は溢していいんですよ。人は、時には下を向くんです。ただ、下を向いたその後に上を向くと、気持ちが晴れやかになってます。感情を流した後、昼でも夜でも輝くものがあるから。きっと人が輝けるように神様が作ってくれたんです。」
「…ああ。」
「先輩だって大丈夫ですよ!きっと上手くいきます!だから孤独だけにはならないでください!先輩は一人じゃない。」
「ああ。」
「一人にさせないためにも、私と」
「付き合わない。」
「…ここは流れでああと言うところです!」
「アハハ!お前、面白いな。誘導尋問か?」
俺が笑ったら、武来が幸せそうに微笑んだ。
そうか。
それが君の欲しがってたもの。
俺は、こいつの前で心からの笑顔を見せてなかったんだと気付く。
名残惜しいが別れを告げ、会場に消えた武来を見送った後孝太郎に電話をして、明朝部室に待ち合わせを約束した。
「……警察!?」
「ああ。巧が捕まって、自分のところに来るのも時間の問題だと言っていた。」
「…あの店、監視カメラあるからな…それに映ってる人間は検査受けるだろうな。」
「ああ。…俺のところに警察が来る前に、部を辞めるべきか一晩中考えてた。」
「なんでお前が辞めるんだ?」
「一応彼女だから。シロだと証明されても、バスケの連盟側はいい顔しないだろ?下手したら、問題起こしていたと判断されて出場停止食らう。そうなれば、みんなに見せる顔がない。」
「それは違う。堂々としていろ。」
「孝太郎。一筋縄じゃいかないかもしれないんだ。よく考えないと。」
「いや。悪いことなど何もしてない。だったらこそこそする必要などない。とりあえず、部員たちには伏せておく。もし、警察が来たらすべてを話そう。いいな?」
「…それでいいのか?」
「お前がいなければ優勝は出来ない。何かあっても俺がお前のアリバイを事実で証明してやる。心配するな。絶対大丈夫だから。」
昨日は武来に。
今日は孝太郎に。
俺が信頼できる二人は、俺の不安を打ち消していくのと同時に、ストレスまで軽減させていく。
(この二人は守らなきゃ…)
守るための一番いい方法など、ずっと前から分かってる。
綺羅と別れること。
もしくは……。
どっちにしろ、俺が綺羅との繋がりを持っていてはダメなんだ。
「…颯汰。よく話してくれた。ありがとな。」
「ああ。昨日武来と………いや。何でもない。」
「……なるほど?勇ちゃんと約束したんだ?俺に話せって?ふーん?」
「…偶然会ったんだ。それだけ。」
「じゃ、勇ちゃん知ってるの?このこと。」
「いや。ただ、俺がイライラしてて、それに勘づいただけ。お前に相談しろって再三言われた。
…言われなくてもするつもりだったけど。」
「…マジか…いい子だな…本当。お前をよく見てる。」
「……ああ。」
「はにかむな!!」
「…え。ごめん。」
親友とのこんな雰囲気は、俺が好きな時間。
それだけで落ち着いていく自分。
遅刻時間になるまで共に過ごし、5分前に部室を出た。
「颯汰。あんまり気を負い過ぎるな。大丈夫だから。」
「ああ。分かった。」
「それから綺羅とは距離を取っ」
「なーつーめーせーんーぱーい!!おはようございます!孝太郎先輩!ついでにおはようございます!」
「ブハッ!…何?俺はオマケ?」
「そうです!…ああ…朝から先輩に会えるなんて幸せいっぱい胸いっぱい!運命を感じますよ!だから」
「彼女がいるのですみません。」
「…またまた。ご冗談を。」
「本当です。」
「相変わらずだな勇ちゃん。元気いっぱい。」
「……………それだけが取り柄ですから。」
変わらない笑顔でそう告げた。そして。
「…先輩。今日は70%ですね。」
「…そうだな。」
「孝太郎先輩に話せました?」
「ああ。今話した。」
「そうですか。…先輩、孝太郎先輩が助けてくれます。きっと大丈夫ですよ。ね?孝太郎先輩!」
「…え?…ああ。」
「ほら!元気だしてくださいね!ではこれで失礼します。」
…少しの違和感がまた俺を襲う。
武来の何が気になっているのか?
「颯汰。…あの子、本当に知らないのか?」
「ああ。何も言ってない。お前だけ。」
「…凄い子だな…気になって聞きたいだろうに、お前のために聞かないんだ…俺に任せるって…健気な子…」
武来の後ろ姿を二人で見送り、校舎に入った。
……そうだ。
武来は入学してからずっとそうだった。
引くべきところは弁えている。
通り抜ける風のように、サラッと受け流す。
顔を合わせれば告白し、その後は直ぐに消えていく。
今ではそれが寂しくなっている自分。
(…お前のためだよ)
守るために話しちゃいけないこと。
知らないうちに解決させるべき。
…頑張りどころだ。
それから毎日のように綺羅はやって来た。
とりあえず、部室と体育館だけには近付けさせたくなくて、教室に来るように告げた。
俺と同じ数学科の孝太郎。
教室ならば常に孝太郎もいるから、自分も幾分落ち着いて話せる。
「…お前…本当にめんどくせぇ!」
「…孝太郎。いいから。」
……否。
俺は落ち着いて冷静になった分、孝太郎の感情が落ち着かない。
(失敗だったか…)
そう思ってもどうすることも出来ず、ただ口論する二人を見るだけ。
そして、放課後部活に行くと、体育館の隣の温室にいる武来を見て、その屈託のない笑顔で癒していく。
それが二週間ほど続き、とうとう綺羅の元に警察が来たと連絡があった。
その連絡は、綺羅の父親から。
『颯汰くん!何か知っているのか!?』
「…おじさん、落ち着いてください。何かの間違いですよ。直ぐに帰されますから。」
…間違いなどではない。
あいつは自白した。
本来ならば、罪を償わせるべきだ。
分かっていても、自分の口から出る言葉は、綺羅を庇うためのもの。
そんな自分に腹が立つ。
どうしようもないほどのヘタレだ。
「…はい。分かりました。失礼します。
……ふぅ……やれやれだ。」
「…大丈夫か?」
「ああ。想定内だ。」
「おじさんに本当のことを言えばいいのに。」
「言ったところで信じるかよ。あいつが嘘をついてないのなら、体内から薬物反応は検出されないはずだ。本当のことを言って、嘘つき呼ばわりされるのは俺の方だ。」
「…そうか…そうだよな…」
「大丈夫だ。…今のところは。」
結局綺羅は直ぐに戻ってきた。
綺羅がシロだと分かると、俺への疑いの目は向けられなかった。
店に行っても直ぐに出ていたのだから、無関係だと理解してくれたらしい。
でもこれで、守りたいものは守れた。
なんか、後ろめたい気分になっていた自分から解放された感じ。




