4.怒の誘惑-4
10月に入ると、体育館が使用可能になり、本格的な練習が始まった。
同時に覗きに来た武来。
「いやーーん!先輩!お帰りなさーい!」
「……………」
「…離れてる間が二人の愛を育てるんですよね!分かってましたよ!改めて付き合」
「わない。」
「ああーん!育ってない!」
…と。相変わらずの調子。
隣では、「強ち間違っちゃいねぇがな?」なんて爆笑する孝太郎。
確かに、ずっと遠くからこいつだけを見てた。
こいつだけを思ってた。
早く会いたいと。喋りたいと。
抑えて抑えてやっと実現できた今、思わず顔が緩んでしまう。
「…あれ?お前さ、いつもの双眼鏡は?」
「美作くん情報あったので置いてきました。」
「…双眼鏡?」
「何?武来ちゃん、バードウォッチング?」
「違いますよ!夏目ウォッチングです!!」
「ブハッ!聞いたか!おい!颯汰!」
「……………」
ガッツポーズしながら仁王立ちし、城に熱く語り出した武来。
「だって、バスケ部は10月まで使わないって聞いたから。私の夏目先輩が傍で見れないじゃないですか!双眼鏡は必需品でした…」
「どこ見てる。武来ちゃん?おーい。」
「双眼鏡…凄い…遠くても近い…」
「大丈夫か?帰ってこい!」
「先輩。こいつね、教室からストーカーごっこしてたんッス。近くに見えるからって、双眼鏡越しに手を伸ばしたアホです。」
「いるいる!そういう奴!」
「夏目ウォッチング…最高…ウキウキウォッチングでした…」
「いや。それ、終わったから。」
「たーーもさーーーん!!!」
「ワハハハ!!!」
相変わらず、あいつの周りでは笑顔が耐えない。
いつか聞いたピエロの話。
あいつこそ本物の道化師だと思う。
俺もずっと見てた。
お前も見ててくれたのか?
口に出そうな思い。抑えれば抑えるほど、気持ちに拍車がかるように苦しくなる。
「…颯汰。」
「ん?」
「良かったな。…嬉しいか?」
「……ああ。」
その様子を眺め、久々に近くで見る尻尾頭を愛しく感じる。
その尻尾を掴むと、グイッと引っ張る。
「…いったーー!先輩!何するんですか!」
「邪魔だ。水飲みたい。退け。」
「……………」
「…………!」
ドキドキしながら、普段通りの口調でそう告げると、急に武来の手が伸びてきて俺の頬に触れた。
(……うわっ!!)
突然のことに声が出そうになった。
心拍数が倍に跳ね上がった気もする。
「……さ……触れましたよ!美作くん!」
「……当たり前だろ。目の前にいるんだから。」
「感動ですよ?私。夏目先輩!ここはやはり、付き合うという選択肢が最適ですよ!」
「…意味が分からん!」
「頭いいでしょ!意味分かるはず!」
「相変わらずだなぁ。勇ちゃん。」
「夏目ウォッチング妨害首謀者A!私の敵!」
「あ!コラ!武来!先輩になんてこと!」
「ハハ!…で?何それ?」
「孝太郎先輩は常に夏目先輩の隣にいた!本来ならば私がいたいのに!そして、私が見てるのに、いつも夏目先輩と被ってるんだもん!」
「……………」
その理由が、あまりにも単純すぎて。
その場にいた全員が大爆笑した。
俺の心臓が壊れそうなほどバクバクしてることなど、誰も知らないんだろうな。
部活とミーティングを終え、着替えて肌寒くなった外へ出る。
いつものように走って帰宅するため鞄を斜めに掛けて、ストップウォッチに手をかけようとしたとき、中庭の茂みに尻尾頭を見付ける。
以前、キスの場面を見られた場所。
(あのとき相当傷付けたよな…)
そう思いつつ、茂みに近付く。
木の傍で微動だにしないその尻尾。
見れば、目を閉じて木に凭れ座っていた。
「……武来?」
「……………」
声を掛けるも返答がなく、顔を覗いて見る。
「……武来!」
何かおかしい?
その顔は真っ白で。声の反応がなく。
慌ててその頬を叩く。
すると、ふと目を開けてやっと反応を示した。
「……え?……わっ!先輩!」
「何してるんだ。こんなところで。」
「…………何してるんでしょう?」
「……アホか。」
「さっきまでデカスケがいたはずなんですが。」
「デカスケ?」
「あ、この前までチビスケだった野良犬です。先輩は知ってるでしょ?あのこ、最近大きくなってて。デカスケに改名したんです。」
「そんな雑談はいい。…待ってるから荷物取ってこい。」
「……はい?」
「もう暗い。海浜公園に着く頃には人通りもなくなってるだろ。…送ってやるから。」
体育館使用権を得たその日から、武来に会い、しかもこうやって不意に訪れる接点。
ここぞとばかりに理由をつけ、長い時間一緒にいれるチャンスをものにする。
武来は少し驚いた表情をしたが、直ぐに笑顔になると、荷物を取りに戻っていった。
「お待たせしました!」
元気よく俺の元に来た武来。
微笑んでそれに応えると、感情いっぱいの笑顔が弾け飛ぶ。
嬉しい
って。そう言ってる。
歩幅を武来に合わせてゆっくりと歩く。
(……なんか……話題を……)
こういうことは、孝太郎の方が上手い。
俺自身、話すことは苦手で、いつも一緒にいる孝太郎がいないだけで、会話が成り立たなくなってしまう。
しかも相手は武来。
好きな女との会話など、何をすればいいんだ?
(…焦る!…ヤバい…)
沈黙の中歩くだけと言うのは辛いよな。
つまんないって思うよな。
いつもは元気に喋りまくってる武来。
その元気さもなく、ただ黙ってるし。
チラッと横目で武来を見ると。
「!!」
ドクン!と胸が高鳴った。
ちょうど、車のヘッドライトが当たった。
武来の顔がはっきり見えた。
少し瞳を潤ませて
頬を赤らめて
前髪を整えながら
俺の鞄に掴まっていた。
紛れもなく、恋をしている女の顔。
その対象は俺。
(…こ!……こんな顔しないでくれ……!)
一瞬で理性が崩れそうになってしまう。
瞬間、孝太郎の言葉が頭を過る。
触れたら最後。歯止めが利かなくなるからな
今は孝太郎がいない分、俺をコントロールするのは俺自身だけ。
夏のインハイ予選会場で、抱き締めそうになったのを止めた孝太郎はいない。
何度も繰り返すように頭で反芻し、服をギュッと掴んで理性を高めた。
結局、海浜公園の入り口まで一言も喋らず。
(…掴み取ったチャンスを…)
なんて、己の不甲斐なさに涙する。
「………武来。」
「え!…うわっ!……はい!!」
「……………」
呼び掛けながら振り向くと、両手を顔の横に広げた武来。
それをジッと見てると、急激に顔が赤くなって。
「ち…違います!!」
…急に否定されたし。
「…何が?」
「だから違いますって!!!」
「だから何が?」
「鞄なんか触ってません!!!」
「…今さら。…初めからずっと持ってたろ。」
「……!!見てたんですか!!!」
「見えたの。いいよ。持ってて。」
「いいです!もういいです!!」
「…じゃ、こっちにする?」
全部に否定されてる気がして、少しムッとした。
ちょっと困らせてやろうと思って、手を出してみた。
「……は…!……わ…!!!」
「なんだよ?これも嫌なの?」
「………!!」
「…行くぞ。」
今にも泣きそう。
顔が真っ赤。
ちょっと震えてるし。
…そうなるよな。俺だって好きな相手にそう言われたら、同じ反応しそう。
そう考えると、ちょっと苛めすぎたか?
「……!!!」
なんて思いながら歩いてると、微かに感じる熱。
武来が俺の小指をギュッと握って。
(……ほら……やられた……)
悪いことをしてしまうと、それが返ってくる。
俺が理性を最大限にさせないといけない時間。
抱き締めたい感情を抑えて、小指に感じる熱を、手のひらいっぱいに感じる位置に持っていく。
指を絡めて。握り締めて。
小さな手は俺の手の中で震えながら握り返した。
「……へへ……」
「……何?」
「先輩……手……あったかい……」
「…お前が冷たすぎるの。」
「違いますよ。先輩のがあったかいの。きっと心があったかいからですね。」
……また。そういうこと言う。
俺の理性はギリギリなのに。
でも、きっとこれも本心なんだろう。
こいつがものを言うときは、いつだって心の底から感じたり思ったりすることを口に出すし表情に出す。
感情駄々漏れ。それがいい。
(……あれ……?)
そう思いながら歩いてると、ふと何かが引っ掛かる。
その何かが分からないまま、門まで着いてしまった。
(分からないってことは、別に大したことじゃないんだろう)
大切なら気付くはず。そう結論付けて門の前で止まった。
「……………」
「武来。冷えるぞ。もう中に入りな。」
「……………」
「……早く。」
握った手を離さない武来は、もう少しと訴えている感じで俺を見上げた。
……うん。
この状況だと。
俺の理性が持たねぇ。
「いやーーー!いやーーー!先輩!もう少し!」
「…ダメ。風邪引くだろ。」
(…ほら。やっぱり思ってた)
武来の手を離すと、脇に両手を入れて、門の内側へと放り込んだ。
手足をバタバタさせて抵抗するも、俺が手を離すと同時に、持ち前の運動神経とバランスできれいに着地した。
「…明日も会えるから。な?今日は帰れ。」
「……………」
「武来。」
「……………」
俯いていじけてる。
その姿が愛しい。
「武来。いじけるな。」
「……!!いじけてません!!」
「嘘つくな。…じゃ、明日も一緒に帰るから。それで手を打つ?」
「…!」
「嫌ならいいよ。」
「嫌じゃない!いい!それいい!」
「そ?じゃ、決まりな。」
「…そか……先輩やっと私と」
「付き合わない。」
「もう!もう!」
ずっとそうやって自分を隠さず出してきた。
その純粋な気持ちに次第に惹かれていった。
「じゃ、早く行け。」
「先輩もお気をつけて!」
何気ない仕草や言葉が俺を癒す。
つい最近まで、バスケしか頭になかったのに。
この俺が、女に夢中になるなんて。
何度も俺を振り返って手を振る。
その度に手を振り返して。
施設の中に、その姿が吸い込まれるまで門の外で見送って。
見えなくなってやっと落ち着いて足が動く。
(…お……溺れてる?)
あまりに刺激が強すぎた。
久々に見る武来は、なぜか可愛くも綺麗にも見えた。
やっと会えた。やっと喋れた。
いろんな思いが積み重なって。
それが解放された感じ。
(…好きすぎて困る…)
目を閉じれば、浮かぶ武来の笑顔。
何度それを思い描いて、自分を奮い立たせたことか。
約束を果たすために頑張らなければいけない。
武来に見せるために。




