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道化師の思惑  作者: 水嶋つばき
4.怒の誘惑
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4.怒の誘惑-3

「…………ッッ」


自然と溢れ出た涙は、武来の太股に敷かれたタオルに吸い込まれる。

…かっこ悪ィ…

女の前で泣くなんて。

しかも惚れた相手。

それよりも悔しいという感情が止まらず。

俺は無意識のうちに武来の背中に手を回していた。

背中の服を握る自分の手が、悔しさで震えているのが分かる。

ここまで押さえ込んでいた自分。

解放したのは武来。


「…それでいいんです。先輩。」

「……うぅ…ッッ……!!」


落ちてきた優しい声。

そして、躊躇することなく撫で始められた頭。

そのどれもが俺の涙を誘った。

それから武来は言葉を発することなく頭を撫でてくれて。

次第に落ち着いてきた自分に気付く。

何もかも忘れて泣いて、泣いて、泣いて。

今までの自分をやっと取り戻せた気がした。


「…悔しいという感情は、頑張ってきた自分を誉めているんだと思います。泣くという行動は、頑張ってきた自分を認めてるんだと思います。だから、恥ずかしいことありません。全然。」


涙が止まった頃、頭上から武来がそう言ってくれたから。


(…ヤバい…どんどん惚れていく…)


どれだけこいつは俺を見てくれてるんだろう。

あんなにギクシャクしてたのに、一目会っただけで俺を理解してくれる。

強い俺も。

厳しい俺も。

酷い俺も。

弱い俺も。

カッコ悪い俺も。

全部の俺を受け止めてくれる。

何度断っても、懸命に食らい付いてきて。

鬱陶しかったはずなのに。

こいつの持ち前の明るさと笑顔に、だんだん惹かれていって。

惚れたと自覚すれば、ここまで武来に夢中になっている。


(…負けたよ…武来…)


自嘲気味に笑いながら顔を上げた。


(…お前が好きだよ…)


その頬に手をやると、柔らかい感触が胸を打つ。


(…だから…傍にいて…俺の傍に…)


綺羅と別れられないくせに、こう思ってしまう自分は卑怯で情けない。

分かってはいるが、後には退けない自分の思い。


「………いひゃい!!いひゃい!」

「アハハ!」


誤魔化すように武来の頬をつねって、自分の思いを隠すようなバカな俺。

今はいい。

こいつが俺を好きだと知ってるから。

でも、将来は?

このまま断り続けたら、いずれ俺から離れる。

そして、他の誰かを好きになる。

それを黙って見ていられるか?

そうでなくても、来年になれば離れてしまう。

高校という武来との唯一の接点まで失ってしまう。

…それでいいのか?

…こんなに好きなのに。

武来のように、必死に恋しなくていいのか?

深奥にいる自分が自分に問いかけた。


「…武来。ありがとう。もう大丈夫だ。」


そう言うと、ニッコリ笑って塀から飛び降りた。

見上げてた武来が、途端に見下げるほど小さくなる。


「…先輩。いっぱい悔しかったですか?」

「…そうだな。」

「全国大会って、もうないんですか?」

「いや。ウインターカップってのがある。高校バスケ界では、そっちの方が有名だけどな。」

「…先輩は出ないんですか?」

「まだ決めかねてる。」

「……え?どういうこと?」

「ウインターカップに出る3年は就職組だ。進学組は、今日で引退した。」

「なるほど。先輩は進学か就職かまだ決めてないんですね?」

「そういうこと。」


そう言うと俯いてしまった武来。

何か言いたそうな。それを我慢してるような。

そんな雰囲気に気付き、一言。


「武来はどう思う?」

「……え?」

「ウインターカップ。俺に出て欲しい?」


聞いてみると、首と手をブンブン振って。


「言えません!絶対言いません!」

「いいから教えろよ。」

「教えません!」

「……武来。言って?」

「だって!先輩は覚悟の目をしてる!私の一言で決めようとしてる!」

「そうじゃない。参考程度。」

「先輩の将来を左右するんです!先輩が決めてください!」

「そうだ。俺の将来。だから俺が決めるんだ。お前の意見は参考だと言ったろ。」


真っ直ぐ見据えてそう言えば、観念したかのように小さく呟いた。


「…全国大会の…優勝…見てみたい…です。」

「…そうか。分かった。」


何も出来ない俺だから。

その願いを叶えてやる。

そう思って門を飛び越えた。

瞬間、門の隙間から出てきた細い腕。

持ってた鞄を掴まれて、ガクッとなった。


「先輩!分かったって何が!!」

「お前の気持ちが。」

「待ってください!決めないで!」

「…武来。俺は大学からも企業からもオファーが来てるんだ。進学だろうが就職だろうが、バスケばかりの生活だぞ。」

「でも、先輩の将来でしょ!!」

「俺はお前に決めて欲しかった。」

「どうしてですか!」

「どうして…かな。何となく?」

「何となくで将来を決めないでください!」

「そう怒るなよ。」


クスクス笑うと、必死にすがるような目で見上げる武来が可愛くて。

鞄を掴んでた手を取ると、ギュッと握った。


「…俺だってやり残したことだ。全国大会優勝は、インハイでもウインターカップでもどちらでも手に出来る。ウインターカップの優勝メダルを、お前の首に掛けてやる。必ず優勝するから。約束する。」

「…ほ…本当に決めたの?」

「…決めた。約束は果たす。だからお前も俺に約束して?」

「……何を?」

「ウインターカップ。必ず応援に来て。」

「……………」

「絶対優勝するから。」

「…後悔しませんか?就職で。」

「しない。」

「……分かりました。やるからには絶対約束守っていただきます!」

「ああ。…応援頼むな。」


二人だけの秘密の約束。

名残惜しいが、その手を離し。


「今日はありがとう。」それだけ言うと、鞄を肩から斜めに掛け、走ってその場から離れた。

「…就職?」

「ああ。俺、ウインターカップに出場する。」

「…決めたの?」

「ああ。」


翌日。

部活が終わって孝太郎の家へ行くと、自分の決定を告げた。


「…昨日、何かあったのか?」

「インハイで負けた。」

「それ以外で。」

「……………」

「勇ちゃんに会ったな?」

「!」

「ハハ…分かりやすい!」

「確かに会ったけど。武来は関係ない。」

「そうか?」

「そうだ。」

「じゃ、そういうことにしておいてやる。じっくり考えた結果だろうからな。文句は言わない。どこにするの?」

「まだ分からねぇけど。7社のうちのどこか。」


俺たちは揃って13社からのオファーを貰っていた。そのうちの7社まで絞りこみ、この一週間で意思を示そうと計画した。

それが終わり内定が決まれば、後はバスケだけに集中できる。


「俺もこの前の進路希望に就職で出した。」

「そうなのか?なんで黙ってた?」

「お前が迷ってたからな。インハイ終わって決めると思ってたから待ってた。」

「そうか…どこに決めた?」

「それはまだ。」

「……孝太郎。」

「…分かってるって。同じチームがいいとか言うんだろ?俺だってそうだよ。でも、トライアルとかしてみたいし。いろいろ試すってのもアリかと思うから。」

「分かった。ただし、決めたら教えてくれ。俺はこの一週間で決める予定だから。」

「ああ。分かった。

……で?勇ちゃんと何喋ったの?ウインターカップ見に来てとか?」

「…!!孝太郎!!!」

「…うわ。色ボケだ。本気で言ったんだ。なんか可愛く見えてきたぞ。颯汰。」

「うるせぇ。関係ねぇだろ。」

「…綺羅はどうすんだ?あれから何か言ってきたか?」

「いや。何も。」


そう。一番のネックとなるのがあいつのこと。

心が離れすぎていて、何もあいつのためにやりたくない気持ちの方が大きい。

思い描く武来の顔が歪むのを、見てられない。

あいつが悲しむことだけは避けたい。

そのためには、綺羅を清算しなければいけない。

だけど、自分からどうやって行動できると言うんだ?

あいつがあの束縛の印を見せる度、俺は何も言えなくなってしまう。

確かに俺は、綺羅との約束を破ったからこそ、あの事件があったんだ。

人は事故だと言うけれど、もし俺があの場にいたなら状況は違っていたのかもしれない。


「…颯汰。再三言うけど。綺羅はお前にとっちゃ枷でしかない。別れた方がいい。」

「…どうやって?」

「………!」


俺は、初めて孝太郎の言葉を受け止めた。

別れたいという意思表示。

それを聞いた孝太郎は目を丸くした。

そして、目を逸らした。


「…ほれ見ろ。その策が何も思い浮かばない。現実ってこういうことなんだよ。」

「颯汰!でも!」

「無理なんだよ。俺があいつから別れると言わせなければ。俺の気持ちを知っても、俺を許そうとはしなかったんだ。どうにもならねぇよ。」


それだけ告げて、孝太郎の家から出た。


夏休みに入ると、合宿や交流試合などいろいろ多忙な毎日が過ぎ、あっという間に二学期に入った。

学校の決まりで、今はバスケ部の使用権限ではない。

バレー部に引き渡し、その権限が戻るまでは別の場所で練習をすることになる。

必然的に、温室や花壇に近付くことさえない。


武来とはあの日以来、まともに会話することも出来ず、咲き誇った花に水をかけてる姿を遠くから眺める日々が続いていた。

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