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道化師の思惑  作者: 水嶋つばき
4.怒の誘惑
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4.怒の誘惑-2

「!!」


日課であるランニングはやめて、ゆっくりと歩いて帰る途中、歩道橋を駆け登っていくボウズが目に入った。


(…いや…あれは!)


いつか見た、バランス感覚のいい走り方。

咄嗟に後を追い掛ける。


「…待て!武来!!!」

「…!!」


そう叫ぶと、急停止して振り向いた。

するとどうだ。

顔を真っ青にして、後退りし始めた。


「…わ!私!いえ!俺は武来ではないぜ!」

「…………は!?」

「アディオス!!」

「ちょっと待てってば!!」


また駆け出そうとした武来の腕を掴むと、抵抗する態度を許さんとばかりに、手摺と俺の腕で囲った。

…そして、ちょっと考える。

その態度と発言の答えは、意外と直ぐに見付かった。


「…何時だと思ってる。」

「あは!アハハハ!」

「笑い事じゃねぇだろ。」

「…さてと!帰ろうかな!お疲れ様でした!」

「アホか。送るから。」

「うげ。」

「…なんだ。そのうげって。」


多少強引に手を引っ張り、歩道橋を降りた。


「…海浜公園でいいんだよな?」

「…あ…はい。」

「てか。お前は何してるの。ここではいいかもしれないけど、海浜公園の近くに行けば、街灯一つないんだ。何が起こるかわからないだろ。」

「…何も起きませんよ。ヤバいと思ったら走って逃げますから。」

「男の体力を甘く見るな。お前の足なんて直ぐに追い付く。」

「……………それはどうかな。フフ。」

「なめてんのか?」

「いえ。滅相もありません。」


なんか。

俺、普通に喋れてる。

武来も避けてない。

ずっとギクシャクしたままで、顔を見ることもなかったから。嬉しさ倍増。

ヤバい。顔がにやける。


「…あの…夏目先輩…?」

「ん?」

「…えと……手……」


ネオンに照らされて見える武来は、俯きながら頬を赤らめていた。

歩道橋を降りて歩きながらも、俺は手を離さずにいて、それが恥ずかしかったらしく。


「…走って逃げられないように拘束中。」

「…先輩は変態さんですか。」

「男だからな。そうなりかねないな。」

「彼女に一途のくせによく言う。」


クスクス笑いながらそう言った。

…まぁ、一途と言えば一途かもな。

彼女という立場が傍にあるのなら、いくらでも誠実になれると思う。

他の女に手を出すこともなければ、そいつ以外抱いたりしない。

今の俺がそうだから。

でも、俺は綺羅に武来に本気だと告げた。

果たしてそれが誠実か?


(…ハハ…全然違うな)


心と行動は相反する俺。

武来にすら見破れないのなら、俺は相当な偽善者だ。


「…なぁ…武来。」

「はい。」

「…この前は悪かったな。ごめん。」

「……………」

「俺、ちょっと気が立ってて…」

「……………」

「…なんて言い訳か。カッコ悪いな。とにかくごめんな。ずっと謝りたかった。」

「……私もさっきはやり過ぎました。すみませんでした。美作くんに怒られて拳骨されました。」


(アノヤロー…武来になんてことを!)


なんて考えていたのは内緒。


「痛かったですか?」

「……少し。」

「私も痛かったからおあいこです!」


…それは拳骨?それとも心?

そんな質問など出来ず、いつもの笑顔で俺に笑いかけた武来を眺めた。


「…あ。許してほしいなら、私と付き合」

「確か許されたはずだから、付き合う義理もねぇな。」

「ああーーん!先輩!早すぎ!」


…と。またいつもの調子で。


(いいよ。武来、俺と付き合おう)


言葉に出せない思いを、何度も心で呟いた。

手に伝わる温かさが、俺の心まで浸透してくる。

自分に起きたこの数日間の出来事が、結構なストレスになってたらしい。

多分、一番のストレスは、こいつに会えなかったからだ。

会えただけで

笑顔が見れただけで

なぜかスッキリしている自分に気付く。

だんだんと街灯がなくなり、真っ暗な通りに差し掛かる。

海浜公園入口という看板が目に入ると、少しだけ寂しい感覚。

沈黙の中、二つの足音だけが聞こえていて、武来の手の感触を忘れないように少し力を入れた。


「…夏目先輩?」

「…ん?」


数メートル先に門が見えてきたとき、武来が沈黙を破った。


「…先輩は……泣きましたか?」

「……え?」


あの、いつもの目で。

何もかも見透かすような目で俺を見上げながら呟いた武来。

驚いて、歩くのを止めた。

いろんなことを考えている間も、俺から目を離さなかった武来は、突然にっこりと微笑むと。


「先輩、30分ほど時間ありますか?」

「……ああ。」


質問に答えると、そのまま手を引っ張られて門の前に辿り着く。

よじ登ってそれを越すと、手招きされ、俺も門を飛び越える。

黙って後について行けば、サーカスのメイン会場に到着した。

中では、団員たちが練習していて。


「ここで待っててください。」と言われ、客席に座り武来の姿を目で追う。

武来は、ステージに辿り着くと、団員たちを呼び寄せて袖に消えたかと思えば、数メートルもあるセットの上に立った。


「夏目先輩!!こっちこっち!見えますか!」


笑顔で俺に手を振って場所を伝える。


「見えるぞ!何するんだ!」

「空中ブランコってやつです!定番だけど!直で見ると迫力ありますよ!見ててください!」


そう言うと、セットから飛び出した武来。

反対側からタイミングを合わせて飛び出した団員に向かって宙を舞う。

しっかりキャッチされて、いた場所の反対側のセットに立った。

その間、二つのブランコに、それぞれ一人ずつの団員が揺られていて。

その一人の腕をタイミングよく掴むと、勢いを増しながら空中に放り出された。

高く舞った武来は、2,3回ほど回転し、捻りを加えるとそこに振られてきた団員の腕を掴んで元の位置に戻った。

テレビCMにチラッと映る空中ブランコじゃない。

迫力が違う。空気が違う。

ほんの数秒程度で、目が奪われた。

団員もセットの上に立つと、笑顔で言葉を交わして。それから、


「……うわぁあああ!!!」


セットの上から飛び降りた。

思わず立ち上がって叫んだが、直ぐにピタッと停止する。

飛び降りた先は、大きなネットの上で。

目を丸くして俺を見た武来と視線が交わると、団員たちのクスクス笑う声が聞こえてきて。


「…あ、そっか。ごめんなさい。ビックリしました?大丈夫ですよ!」


笑顔でネットから飛び降りた武来に、フォロー入れられる始末。

舞台上から降りると、笑顔で走ってきた武来。


「…先輩、どうでした?」

「……え?」

「見るの初めてでしょ?凄かったですか?」

「…ああ。迫力があった。」


そう言うと、またにっこり笑って。


「みんな!ありがとう!」と叫ぶと、俺の腕を引っ張り会場から出た。

闇と静寂に包まれた外を、ゆっくりと門に向かって歩きながら、武来が口を開いた。


「あの空中ブランコを完璧に出来るようになるまで、私は8年かかりました。高さの恐怖、投げ出される恐怖、落下の恐怖。いろんな恐怖をクリアしなければ出来ないことだから。そういうものは、精神面を鍛えなければ出来ないって、父から何度も厳しく言われました。」

「……精神面……」

「はい。そして、精神面を鍛えるために、感情面を抑えないってことも教えてもらいました。精神を強くして、感情で安定させるんです。

…僭越ですが、先輩はそれが出来てないって思ったんです。」

「……………」

「出来なくて悔しくてイライラして焦って。そういうときに私は思いっきり泣きました。今だってそうです。それで強くなっていく。自分自身を鍛えられる。

…インターハイ、負けて悔しかったでしょ?だけど、後輩たちが悔しがる涙を支えることに精一杯で、自分は泣いてないんじゃない?」


ズバリ言い当てられて、一瞬動揺した。

…こいつ…本当にどうして分かるんだ?


「ピエロって、面白いメイクしてるでしょ?人を笑わせるような。それでいて自分も笑ってるような。常に笑顔のその裏に、たくさんの努力と汗と涙があるんです。」


門に着くと、門を囲む塀の上に飛び乗って腰を降ろした武来。


「ヘヘ。先輩は身長あるからちょうどいいです!…鞄の中にタオル入ってますね?貸してください!」

「………え?」

「早く。」


言われた通りタオルを出すと、太股の上に敷いた。


「先輩、ここに頭どうぞ!」

「は!?」

「二度言わせないで下さい!私だって恥ずかしいんですから!」


その太股の…いや、タオルの上に頭を乗せろと?

嫌なような嬉しいような。

ちょっと考えたが、武来が必死に言うから…という言い訳をしながら言う通りにした。


「先輩。私は今から空気です。ここで起きることは見てないし聞いてない。」

「?」

「…言う通りにしてください。まず目を閉じて。今まで小さい頃からやって来たバスケットを思い出してください。」


目を閉じて、その言葉を素直に受け止める。

なぜか魅了されたバスケットに、毎日練習したシュートやドリブル。

いつも孝太郎と一緒に、暗くなるまで1on1をした幼い日々。


「バスケットが大好きで。どんなに辛くても練習を欠かさずに頑張りました。高校生になって、夢を抱きました。インターハイの優勝という大きな夢。」


そうだ。俺はずっと思い描いてた。

夢の舞台。インターハイでの優勝。


「その夢を実現させるために、辛い練習も耐え、先輩たちについていって。

…でも、それは実現できませんでした。あんなに頑張ったのに。もう二度とチャンスはありません。来年先輩は高校生じゃないから。」

「……………」

「…あと一歩だったのに。13点の壁は高くて厚かった。練習した日々が、水の泡となって消えました。」

「……………」

「…悔しかったよね。誰より一番悔しかったはずだ。大きな夢を持った夏目颯汰として。そして、バスケ部を支える部長として。インターハイでの先輩は素敵でした。お疲れさまでした。」

「…ーーーッッ!!!」


武来の落ち着いた声に同調するように、今まで抑えていた感情が露になる。

頑張っても叶わなかった夢が壊れた瞬間、悔しくて泣き崩れそうだったフロアでの自分を思い出した。

誰より練習してきたと思える。

朝起きて、まずやることはストレッチ。

それから腹筋、背筋、腕立て伏せ。

学校に向かうときも走って登校し、授業中でもたまに腰を浮かせたりして筋力を上げた。

部活でも、ノルマの3倍のメニューをこなし、帰宅するときも走って帰宅。

それからブースに行ってシュート練習して10kmランニングして一日が終わる。

ボールの感覚を忘れないように、ボールを触りながらベッドに入る。

ここまでバスケット一色の生活。

だけど。負けた。

頑張っても届かなかった。

悔しかった。悔しかった。悔しかった!

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