4.怒の誘惑-1
あの笑顔が印象に残ったまま時間は過ぎ、迎えたインターハイ。
俺たちは、初戦から強豪校と当たり、苦戦を強いられていた。
放しては食らい付かれ、逆転されては逆転し返すの繰り返し。
わずかなリードを保ったまま迎えた第四ピリオド。
すべての雑念を振り払ってコートに立った。
あの日、直ぐに追い掛けたんだ。
「ゴメンな」って言いたくて。
「嘘だよ」って言いたくて。
バランストレーニングをしたあの河原に現れるかと思って、毎日そこに行った。
武来を見かけた街の中を捜すように走り回った。
会えるかもと期待を抱きながら、閉ざされた海浜公園の門の前で待ってた。
終いには、1年の数学科教室まで足を運んだ。
『あれ?先輩、どうされたんです?』
『美作…武来は?』
『武来?…そういえば、休み時間になると、いつのまにか消えてるな…安藤ーー!武来見なかった?』
『勇?知らね。あいつ、静かすぎて不気味なんだよな。最近。どっか行ってるんじゃね?』
『…うーーん。…スミマセン。今はちょっと…捜してきましょうか?』
『いや、いいよ。ありがとう。』
パッタリと気配が消えた。
嫌でもしつこくまとわりついていた気配が。
学校に来ているのに。
姿が見えない。
俺を避けているのは、一目瞭然だった。
「…颯汰、調子悪いか?」
「…いや。」
「もっと爆発しろ!普段の試合のお前じゃねぇ。雑念を振り払った?違う。雑念だらけ。」
「……………」
頭をスパーンと叩かれた。
会場内の誰もが驚きのあまりに口を閉ざした。
そうだろう。
部長が副部長に叩かれたんだから。
これも、俺と孝太郎だけが出来る友情の証。
叩かれたあと、直ぐに肩を組まれて耳元で孝太郎が囁いた。
「…勇ちゃんのことはお前の自業自得だ。バカヤロウ。だがな、ここは全国大会だぞ。バスケットに集中しろ。勇ちゃんのことは一時忘れろ。
…あの子、ここまで来ると言ってたんじゃなかったっけ?初戦敗退なんて洒落にならんぞ?俺は、あの子がここまで来ると思ってるよ。
…女に二言はないからな?」
「………!!!」
「ちゃんと会えるよ。この大会中に。」
「…分かってる。」
「…やる気出た?」
「ああ。」
「上等!行くぞ。試合開始だ。」
孝太郎の一言で目が覚めた気がした。
…そうだ。
俺は、武来が来るまで負けられない。
負けたら最後。…最後なんだ。
高校生活も、インターハイも。もう二度と経験できない。
最後に見せてやりたい。
最高の舞台での最高の輝きを持つメダルと優勝カップを。
(…信じてるぞ!)
来てくれると。必ず来てくれると。
謝らせてほしい。また体育館に来て欲しい。
それだけは言いたい。
武来が来るまで意地でも残る
そして優勝してやる
その決意だけで、自身の士気が高まった。
俺自身が悪かったと分かっている。
あの子を傷付けた。
嫉妬から生まれ、青臭い自分のイラつきをぶつけたんだ。
避けられて当然。
自業自得。
分かっていてもどうしようもできない自分。
苦しくて。辛くて。
その気持ちを抱きつつ勝ち進んだ。
必ず来てくれると信じて。
それでも、あの優しい風を感じられない。
いつまで待っても会場に気配すら感じられない。
寂しいよ。武来。
会いたい。武来。
一目でいいから。
可愛い尻尾頭を見せて?
願わくば
話をさせて?
思って。願って。祈って。
勝ち進んだベスト8同士のぶつかり合いの初日。
「!!」
ふわりと武来の風を感じた第三ピリオド。
……来てる。
なぜだろう?分かる。
どこかに武来が来ている。
「…っっああぁ!!!!」
その気配だけで、一気に戦闘モードがアップしていく。
…情けねぇ。
女一人に、ここまで振り回されて。
…だが、その日武来を見付けることも会うこともできなかった。
見えなくても気配で分かる。
それだけでいい。
来てくれてる。
爆発する俺の攻撃力に圧倒された相手校は、いつもの力を発揮できぬままに終わった準決勝。
俺たちは、決勝の舞台へと勝ち進む。
去年の覇者。
……いや、4年連続覇者。
去年と同じステージで、同じ高校がぶつかることになった決勝。
いつも以上に気合いを入れて挑んだ。
館内は超満員の客に埋め尽くされ、ほとんどが相手校の応援に来ているのが分かる。
完全アウェー状態。
敵のど真ん中に放り出された気分。
その緊張感が、スタメンのメンバーを襲っていた。
「声出していくぞ!」
「怖くない!とことんヒール役になりきろうじゃねぇか!」
「誰も俺たちを見ちゃいねぇよ!暴れるぞ!」
孝太郎と一緒に声を掛けるも、なかなか抜け出せないスタメンの3人。
どこか突破口を開かないと。
そう思った矢先。
「…当たれ!!奴を封じろ!!」
「「「はい!!」」」
「!!!」
なんとか食らい付いていた状態だったのに、俺一人に三人のマークがついて、攻撃力が落ちた。
ディフェンスも徹底されている相手校。ディフェンスを振り切れる余裕すらなくなった。
「…クソ!」
「ボールを持たせるな!」
「PG変われ!俺がメイクする!ディフェンスは引き受ける!お前ら4人で得点しろ!」
俺一人に三人のマーク。
つまり、相手校も最終手段に出たって訳だ。
二人の空きが出てしまうから。
「孝太郎!動け!」
「了解!」
「城!スクリーン狙え!!」
指示を次々飛ばし。
それでもじわじわと離されていく得点。
「クソ……クソ!!!」
結局、俺たちは13点差で準優勝に終わった。
「よくやった。みんな、お疲れ様。全国二位だ。胸を張って帰ろう!」
悔し涙が頬を伝い、啜り泣く声が包む控え室。
誰も言葉を発することなく、ただ悔しいと心で叫ぶ。
「…今日で引退の者、前へ出ろ。一言ずつ挨拶して、後輩に夢を託せ。」
進学する3年は、今日で引退。明日からは、受験勉強に打ち込む毎日になる。
(俺は…どうするか…)
まだ決めかねている俺と孝太郎。
夏が終わった。バスケ部は、明日からウインターカップに向けての猛特訓が始まる。
さっさと決めておかないといけない自分の将来。
それを考えながらみんなで新幹線に乗り込み、駅で解散になるも、全員の足が学校へと向かっていた。
「あ!バスケ部だ!!」
「お疲れ!全国二位おめでとう!!」
「おめでとう!!」
なぜか、全校生徒に拍手で出迎えられて、次々と祝福の言葉がかけられる。
割れんばかりの声援に、部員たちも少しずつ笑顔が戻り始めた。
「全員整列!!バスケ部、ただいまインターハイから戻りました!優勝出来ず悔しいですが、ここまで勝ち進めたのは皆さんの応援のお陰です!ありがとうございました!!!」
「ありがとうございました!!!」
拍手が鳴り止むまで頭を下げ、全校生徒挨拶をした。
高校での目標。
先輩たちの目標。
それを叶えられることが出来なかった部長としての責任。
(…やめ時かな…)
そう思いつつ向かった体育館。
サァァァァ……と降り注いできた雨。
その向こうに、ホースを持った笑顔の武来。
「みんな!全国二位!!すごおーい!!おめでとう!!凄いよ!やったね!やったぁ!!祝福の雨じゃ!!受けとれぇ!!!」
「うわ!強い!痛い!」
「アハハ!勇ちゃん!俺も!」
「合点だ!!」
いつも以上のはち切れんばかりの笑顔。
それにつられて笑顔になる部員たち。
……ああ。アレか。
だから笑える行動をしてるんだ。
でも。
俺と目が合わない。
俺がいることは気付いてるはずなのに。
「武来!お前ホントに来てたな!」
「女に二言はないってば。みんなカッコ良かったよ!いいねいいね!青春してた!」
みんなとは会ったんだ…
……俺だけ?
……そこまで傷付けた?
当たり前だよな…分かってるけど…
「……武来。」
「……………」
話し掛けると笑顔がなくなり、身体の動きがピタリと止まった。
「…武来…この前はごめ…………!!!」
「うわああああ!」
「やめろ武来!!」
「キャプテン!大丈夫ッスか!!」
「…アハハハハ!!」
謝ろうとすると、武来は持ってたホースを俺に向け、ストレートノズルで顔面に当てた。
孝太郎はそれを見て爆笑したけど。結構痛い。
「…それで許してあげます。」
「!」
「試合凄く良かったです。お疲れ様でした。」
「……………」
「それでは。」
「武来!待った!」
「先輩。彼女さん来られてますよ。」
「!」
「邪魔者は退散しまーす!ホラホラ!みんなも退散するぜーー!」
…やっと会話ができたのに。
なんだよこれ…
胸が痛い…苦しい!
待って…武来!
そう思いながらみんなの後ろ姿を眺めていた。
「…颯汰…?」
「……………」
「颯汰ってば。どうしたの?」
「……いや。別にどうもしない。…孝太郎、明日以降のメニュー考えないと。行くぞ。」
みんなから目を逸らすと、体育館に鍵をかけ部室に向かった。
「………颯汰。」
「……なんだ。」
「…あなた…まさか……」
「……………」
「…嘘でしょ…何考えてるのよ!許さないわよ!」
「…行こう。孝太郎。」
「颯汰!待ちなさいってば!!」
「綺羅。何を勘違いしてるのかは知らねぇが、俺の彼女はお前だろ。揺るがねぇ事実だ。」
「浮気なんて許さないわよ。」
「…ハハ…お前が浮気を語るのか?」
「!!」
「浮気なんてない。…本気だ。」
「…な……何ですって!?」
「俺の気持ちなどどうでもいいだろ。俺はお前のモノなんだ。あいつに自分の気持ちを伝えることもない。心配すんなよ。」
そう告げると、足早に部室に入った。
「…ハハ!言っちゃった!」
「なんか。勢いで言っちまった。」
「カッコいい!それでこそ颯汰だ。」
「勘付かれたから別に隠すこともないと思っただけだ。」
「それでいいと思うよ。…ま、綺羅にしてみれば、内心穏やかじゃねぇと思うが。」
…だろうな。
忠実な下僕の謀反みたいなもんだ。
でも。言わずにはいられなかったという方が正しいかもしれない。
綺羅に対して気持ちなど微塵もない。
それだけはずっと言いたかったから。
1時間ほど今後の予定を話し合い、部室から出るも、綺羅の姿はなかった。
(…良かった…)
さすがに今日、綺羅と二人で会うことはしたくなかった。
体力的疲労に精神的疲労。
気合いをいれて挑んだ決勝戦の敗北は、インターハイ優勝という俺自身の目標を達成できなかったし、二度と機会は表れない。
みんなを優先し続け、自分を後回しにしてた。
加えて、ずっと気にしていた武来のことも。
家に帰って、早く休みたい。




