3.風の誘惑-7
「…颯汰。こんなところにいた。」
「おう。インタビュー終わったか?」
「スゲェ質問攻め。疲れた。メンバーは?」
「先に帰らせたよ。明日からもっとハードになるからな。」
「…だな。俺たちも帰ろうぜ。」
「ああ。」
同じ全日本ジュニアの孝太郎も、今まで時間がかかり、共に会場を後にした。
その後、俺たちは順調に勝ち進み、強豪揃いと言われた地区大会で優勝し、2枚あるインターハイ出場枠の中で1枚の切符を手にした。
明日からは7月。
梅雨も明けきれぬこの時期に、気温と共に湿度まで上昇していく。
そして、俺たちのチームの士気までも。
インターハイ開催までの数日間、この蒸し暑さを慣れさせるため、毎回やっている閉めきった空間での練習が効を奏していく。
1,2年までも、ユニフォームを手に入れるため、必死に練習に励む。
この前の試合で、ボロ負けしたことが相当悔しかったんだろう。
いつも以上の気迫。
そして、上達ぶり。
「…期待以上の仕上がりだな。インハイ始まる頃には、もっと上手くなってる。」
「だな。初戦辺りでもう一度試してみたい気分だ。」
「…控えスタート?」
「それ。1年だけで。」
「ま、監督が認めてくれたならやってみれば?追い付ける自信はあるんだろ?」
「あるね。…アレがいれば。」
「…ハハ!」
「一時見てろよ。もぐら叩きしたくなる。」
顎を突き出して、孝太郎の視線を向けさせる。
そこには、小窓から尻尾だけ見え、隠れきってない頭。
それがゆっくりと動き始め、窓枠に手を掛けて顔の上半分が見え出す。
そして、直ぐに引っ込む。
「アハハ!ピコピコハンマー欲しいな!」
「100均で買ってこいよ。」
「…どうしたんだろ?いつもなら堂々と入ってくるのに。」
「…多分、部の雰囲気を察してるんだろ。毎日来てるくせに、俺に声すら掛けなくなった。集中させたいんじゃねーの?」
「てことは、毎日チェックしてたんですな?颯汰殿?」
「……悪いか。」
「別に?」
「うるせーよ。」
「何も言ってねーよ。」
「クソ。……よし!休憩挟むぞ!!水分たくさん摂れよ!」
そろそろ、あの笑顔が見たい。声が聞きたい。
そう思ってるなど、口に出せない。
「…武来、何やってんの?」
「…ストーカーごっこだ!悪いか!」
「悪いだろ。犯罪だろそれ!」
「キャプテン、犯罪者捕まえました!」
「…警察に通報しておけ。」
「ああーん!ひっどおい!夏目先輩!今日も素敵です!カッコいいから」
「付き合わない。」
「…早い!!…ほら!フラれちゃったじゃないのよ!あんたのせいよ!借金取り!」
「誰が借金取りだ!」
武来の周りが笑顔になっていく。
多分、これもあいつなりの気遣い。
ピリピリした雰囲気を掴んだんだろう。リラックスさせるように、冗談を言って盛り上げてる。
「武来!アレやって!アレ!」
「…美作の坊やも好きねぇ…」
「好き!みんなに見せてみろよ!」
「いいよ。」
好きというワードに身体が反応する辺りが自分でバカらしく思いながらもその様子を伺う。
水場の枠にバランスよく飛び乗った武来。
その下から、眺めるように座って見てる部員たち。
「………!?」
制服の彼女は、膝上のスカートで。
少しでも屈んだら、誰もが見えてしまう。
俺の気持ちを他所に、ゆっくり片足を上げて。
「…待った!武ら……!!」
「パンツかと思ったかーー!!短パン着てるんだよ!!参ったか!!」
「「「アハハハハ!!」」」
ビターーーン!!!
思わぬ展開に落ちた汗で滑った。
「…ぶはっ!!そ…颯汰…大丈夫か?」
「…あの女…!!」
「夏目先輩!大丈夫ですか!どうしたんです?」
「…何でもねぇよ…ほっとけ!」
「…う。冷たい…」
爆笑した部員たち。
俺だけ焦って。…アホ丸出し。
かっちょわりい…
「ほっとけって言われちゃったぁ…」
「アハハハ!お前は体育館の中に入るなよ。先輩が迷惑だろ。」
「……ふ。何を今さら。」
「威張るな!」
「いたっ!…何するのよ!」
起き上がって部員たちを見ると、輪の中にいた武来と美作がじゃれあっていて。
「………アレだよ。アレ。」
「何が!何も考えてねぇよ!」
「嘘つけ。美作にヤキモチやくな!あいつの方が、お前より数倍接し方が上手いぞ。」
「…………!」
「…まぁ、お前の気持ちが分からないでもねぇよ。美作と仲良すぎるもんな。
…どれ。親友のために一肌脱ぎましょうか。」
孝太郎は、部員たち集まる水場に足を踏み入れ、俺はその後をついていった。
「あ、そうだ!美作くん。今日ヒマ?」
「部活終わったらヒマ。…って!お前まさか!」
「とうとう赤点だったぜ!やったよ!私!」
「威張るな!」
「アハハ!勇ちゃん、赤点取っちゃったの?」
「そうなんですよ!おやっさん!」
「武来!孝太郎先輩だろ!」
「………孝太郎先輩。」
「ん?そういや、勇ちゃんは美作と仲いいね。もしかして付き合ってるの?」
「……えぇーー……武来と?なぜですか?」
「夏目先輩と付き合ってます!」
美作は、思いっきり嫌そうな顔をし、武来は、ありもしないことをガッツポーズで言った。
……あ…なんだ……
二人の仲が良くても、お互い恋愛感情はない…
それが分かって、心底ホッとした。
意外と学年が違うというだけでも、大きな壁になる。接点が無さすぎる。
それを感じているのは、俺より武来だろう。
だからこうして毎日体育館に足を運んでくれる。
「仲…いいよね。そう言えば。」
「アホ。お前の女友達がいないからだろ!」
「あ!そっか!女友達がいない!私!」
「え!?勇ちゃん、女子に干されてるとか?」
「ああ、違いますよ。面倒なだけです!」
「それも違う。武来の場合、女子との接点がないだけです。」
「です!!」
「…え。クラスに女子いないの?」
「いませんよ。」
「いるでしょお!私は女子だ!!」
「あ、そっか。…俺たち、先輩と同じ数学科Ⅰ類なんですよ。今年は女子がこいつだけ。」
なるほど。話が見えてきた。
俺も同じ数学科Ⅰ類。
授業の70%は、数学について学ぶ。
そのためか、女子に圧倒的な不人気のコースで、3年のクラスには一人も女子がいない。
1年も女子はこいつだけだと言うなら、友達も必然的に男が多くなるんだろう。
「数学得意なんだ?凄いね、勇ちゃん。」
「凄かったら赤点なんぞ取らないですよ…」
「ある意味凄いよ。お前。数学と物理はほぼ100点なのに、その他は壊滅的に赤点ギリギリさ迷ってたし。いつかはやると思ってたし。明日は儲かるぜ!」
「またぁ!人を賭けのネタに使うな!!」
そう言って逃げた美作を、武来は追い掛けていった。
「……だって。美作にも感情はない。安心しろ。」
「…ありがとう…孝太郎…」
「情けねぇ顔するな。いくらでもフォローしてやるから。な?」
俺の気持ちを汲んでくれる親友。
武来の言う通り、当たり前にしちゃダメだ。
孝太郎だけは大切にしたい。
きっと、一生続く親友だから。
「ときに夏目先輩。」
「うおっ!!!」
考え事してたときに、急に下から覗かれて、思わず声を上げる。
こいつの声が聞きたいとか、そんなこと思ってたさっきまでの自分が一気に甦る。
そして、嬉しいと思う自分が出てくる。
「インターハイって、いつからですか?」
「え?…今週末…」
「今週末ですか!…ちぇ。追試がある!」
「…お前、まさかインハイまで見に来る気か?」
「当たり前ですよ!応援しにいきます!」
「…場所…仙台だぞ?」
「………うぐっ!!!……嘘ですね。先輩ったら!人を脅かそうとして!冗談ばっかり!」
「冗談じゃなくて。本当に仙台。」
「……!!こ…孝太郎先輩…!夏目先輩が苛めるんですよ!どうにか」
「うん。仙台なんだよ。」
「……!!み…美作くん!あのね!先輩」
「だから、仙台開催なんだってば。こんなことで嘘ついて特にもならねぇだろ!」
「……バスケ部なんか嫌いだぁぁ!!この嘘つき集団が!!信じないぞ!!」
「アハハハ!」
近場での開催じゃないことに、心底がっかりした様子。
仙台は……確かに遠い。
直ぐに来れる距離じゃない。
それは、分かってるけど、来てほしいという願望もあった。
(…勝利の女神様…だもんな)
全国大会で、俺の姿も見て欲しいと。
そう願っている自分もいる。
インターハイが終われば、3年は就職組を残し引退する。
俺も孝太郎も、今になっても進学と就職を迷っているほどオファー選択肢が多い。
もう決めなければいけない時期。
もし、進学を選べば、インターハイが武来に見せられる高校の試合の最後になる。
「しかぁし!!女に二言はなぁーい!行くと宣言した以上!私は地の果てまで夏目先輩を追いかけていきます!」
「おお!男前!」
「武来!俺たちもたまには見てね?」
「しょうがないわねベイビーたち。そんなに私の応援が欲しいなら、5千円ずつくらいカンパしなさいよ!」
「有料かよ!じゃあ要らねぇよ!」
「そうだぞ!来んな!」
「仙台は遠いんだよ?知ってるの?旅費かかるんだよ?女子高生は貧乏なんだよ?」
「男子高生も貧乏だよ!ふざけんな!」
「嘘つけ!武来!テメェはここの誰より金を持ってるはずだぞ!」
「「ええぇーーー!マジか!」」
「ああーん!美作くん!それはヒ・ミ・ツ!」
「…おえ…気持ちわりぃ…」
…と。
なんだか盛り上がってきた部員たち。
その会話の中で、聞き捨てならないことが二つ。
金持ちだって?
秘密だって?
(ワケわからねぇぞ…)
壁に凭れてドリンクを飲みながら、ぐるぐると頭の中を支配していく武来。
バイトなんざしてる様子もない。
しかも、美作と共有する秘密があるってことか?
(…お…俺も知りてぇ…)
若干焦ってるし。
俺は、美作のように気さくに話すことも出来ないし、時間を共有できる同じ学年でもクラスでもない。
その壁が、俺をここまで焦らせるほど、高いものだったなんて。
「なに言ってんだ。別に秘密でもなんでもないだろ。クラスって言うか、多分学年みんなが知ってるだろ?」
「え!私はそんなに有名人なの?」
「何?何?どういうこと?」
「城先輩。武来って海浜公園でやってるサーカス団の団長の娘ですよ。」
……一瞬固まった。
そして、2,3年が大きく驚きの声を上げた。
「そうなの!?武来ちゃん!!」
「勇ちゃん!マジで?」
「…ええ。まぁ。」
「クラス全員招待されたんだよな。」
「あれはうちのお父さんが呼んでやれって言ったから。」
「でも凄かったぜ?お前、カッコ良かった。」
「何?もしかして、武来ちゃん出演してるの?」
「たまに。気が向いたときだけですけど。」
……なんか……
ビックリしすぎて頭が真っ白になった。
でも、納得できる。
あのバランスの良さは、恐らく幼い頃から培われてきたものだろう。
そのトレーニング方法も、的確でやり易かった。
「!」
そうだ。そう言えば、ずっと前にジャージを着たボウズが公園内に消えていった。
ふと、それを思い出した。
「……武来。」
「はい?」
「お前さ、上下のジャージ着て、フード被りながら夜の街を激走してたりとかする?」
「……!!……ま。……まさかぁ!!」
「するんだな?」
「し…しませんよ!!」
「お前を見たことあるぞ!あんな暗い場所、一人で走りやがって!女の自覚がねぇのか!!」
「…ひぇ!!ごめんなさい!!」
「しかもお前、俺に嘘ついてたんだな?海浜公園だとあの河原からどれだけ離れてると思ってるんだ!バカか!」
「だからちゃんと男に見えるように」
「バカか!ホントに!!」
「…さ……さよーならーー!!!」
「あ!!待てコラ!!!」
「お疲れさまでした!!」
自覚なしにもほどがある。
そう思いつつ怒鳴ったら、武来はさっさと逃げていった。
「こ……こえぇ……」
「キャプテン…本気でキレてるし…」
真っ青な顔した部員たちを他所に、一人でバカ笑いする孝太郎のところに行く。
「…………笑いすぎ。」
「…だって……!おま…!過保護…!」
「しょうがねぇだろ!あいつが悪い!」
「は…腹が痛ぇ……!!」
「笑い死ね。…今日はランニング10kmして終わるぞ!外周!ほら行け!!」
部員たちを急き立てて、ランニングへと追いやる。
口調はともかく、俺の心は穏やかだった。




