3.風の誘惑-6
武来はスキップしながら売店の方へと消えた。
……天真爛漫って言葉がピッタリだな。
「素直な子だな。ホント。」
「……ああ。」
「……俺、貰ってもいい?」
後ろ姿を眺めながら、ボソッと呟いた孝太郎の言葉に驚き、目を丸くした。
「……好き……なのか?」
「……全然。」
「…孝太郎!怒るぞ!コノヤロー!」
「アハハ!お前のそんな姿、面白くて。」
「……ムカつく。」
「俺は愛する彼女がいるんで。」
「……………」
「何心配してんだよ。俺は勇ちゃんは彼女には出来ない。好みのタイプじゃねぇしな。
…でも、いい女だとは思うよ。だから言ったまでだよ。
…断言してもいい。あの子は化けるぞ。」
「…何が?」
「制服着てるうちはまだいい。卒業したら、グッと大人になるのが女の子だよ。男は今は欲だけかも知れないけど、もう少ししたら容姿だけじゃなく、雰囲気や性格まで見るようになる。
…あの子はモテまくるよ。絶対。」
「……ああ……そうだな……」
「いいのかよ?それで。」
「……イヤだよ……」
「だったら」
「俺にどうしろって言うんだよ。」
「…綺羅と別れろ。」
「無理だから苦しいんだ。…もしお前があいつを好きでも、俺にどうこう言える権利はない。付き合ってるって言われたら、俺はきっと笑って良かったなって言うよ。俺には彼女がいるんだからな。」
「……好きじゃない彼女がな。」
「そうだよ。好きになれる気もしねぇ彼女だよ。それがなんだ。」
「そんなのやめろよ。…もう。」
やめろ無理の応酬に疲れてくる。
俺だってやめたい。
もう解放してと何度も望んだ。
解放されるなら、綺羅を殺してやりたいと思う時期もあった。
そんな苦しみが日常過ぎて。
感覚が麻痺して。
武来が現れて、好きになって、その感覚が戻ってきた気がする。
心配してくれてるのは有り難い。
でも、どうしても過去から逃れられない。
二つのの方法を除いては。
縁を切られるか。…殺すか。
「ただいまでーーす!」
「!」
「あ…ああ!お帰り勇ちゃん。美味しそうなものあった?」
明るい笑顔で目の前に現れた武来。
一時沈黙に包まれ、俯いてた俺たちは、武来に気付けなかった。
「卵サンドイッチ!これ、大好きなんです!」
「それだけ?少食だね。」
「…先輩たちは食べ過ぎなんです!まぁ、エネルギー消費量が違いすぎるんでしょうけどね。
……それより先輩方?ちょっといいですか?」
ベンチにサンドイッチを置くと、俺たちの背後に回った。…そして。
「私の言う通りにしてくださいね?」
「「……?」」
「目を閉じて。大きく深呼吸してください。はい!どうぞ。」
よく分からないが、孝太郎をチラッと見ると、言われた通りにしてたので、俺も目を閉じて深呼吸した。
すると、手に暖かい感触。瞬時に目を開けると、孝太郎も目を開けて俺を見た。
「あ。ダメじゃないですか。勝手に目を開けちゃ。…しょうがないですね…」
触れてる手は小さな武来の温もり。
見れば、孝太郎の手にも触れていて。
「夏目先輩の手は大きいですね。…孝太郎先輩の手も。せっかくなので、大きく開いて重ねましょ?
…相手の大きさも温かさも分かります。それを忘れないで下さいね?親友だから。一番大事。分かり合ってるからこそ、傍にある温もりを当たり前にしちゃダメですよ?」
……ああ……まただ……
この感じ。心が熱くなってくる。
場の雰囲気を瞬時に掴んだ武来だと分かった。
……瞬間。
「……ツムジ!グリグリーーー!!」
「アハハ!何?突然!」
「……お前なぁ……」
「フフ!……そんな雰囲気のお二人がお似合いです!」
そう言われて。孝太郎と目があって。
思いっきり笑った。
今日はなぜか、武来がサラッと消えようとしない。
隣にいて。
俺たちの輪の中に留まっている。
それだけで、嬉しい気持ちになる。
「夏目先輩?」
「ん?」
「バスケットは楽しいですか?」
「…楽しいよ。」
「今日は楽しかったですか?」
「ああ。」
「そっか!へへっ!」
「勇ちゃん。どうしたの?」
「だって、夏目先輩がいつも以上にニコニコしてるから、私も嬉しいです!」
「………ニコニコ?」
「…はい!」
「……………」
……駄々漏れじゃねぇか。俺。
自戒しつつ、ニヤついて俺を見た孝太郎を睨み返す。
「……おおーー…怖ッッ!」
「孝太郎先輩?どうしたんですか?」
「なんでもないよ。それより勇ちゃんは、バスケット見てて楽しかった?」
「はい!楽しかったです!」
「カッコ良かった?」
「はい!胸がキュンキュン!」
「そっか。じゃ、午後からも頑張らなきゃな!颯汰。」
「ああ。分かってる。」
「あ、勇ちゃん。試合中に颯汰に何かしてもらえば?」
「何か?」
「例えば、投げキッスとか?」
「……はうぅぅ!……夢の世界…!」
「武来!しねぇぞ!俺は!孝太郎!テメェ…後で覚えてろよ!」
「アハハハ!」
投げキッスとか!やるくらいなら直にやる!
……あ。ちょっと違うか。
頬を赤くした武来が、明後日の方向を見て、ボーッとしてる姿が可愛らしい。
それを見ると、何でもやりたいと思ってしまう俺は…終わってるな。もう。
「…しないのくらい、分かってますもん。」
と。今度は口を尖らせていじけた。
…本当に…なんだ?こいつは!
俺を煽ってるようにしか思えなくなってきた。
「…じゃ、攻撃の鬼夏目颯汰を見てみたいです!」
自分の名前を呼ばれて、ドキン!と胸が鳴った。
「…さっきの試合。この前の試合。この二つの試合を観させていただきましたけど、どの試合も全部の夏目先輩を見てないんですよね。」
「全部?…ああ、40分ってこと?」
「はい。試合開始から、最後のブザーが鳴るまで。攻撃の鬼がボールを持って攻撃する姿をフルで見てみたいです!」
「そういうことなら、多分引き受けてくれるよ。な?そうだろ?」
「ああ。いいよ。」
「本当に!?やった!…あ、疲れません?」
「大丈夫。俺たちスタミナの底が知れないから。だからたまには俺も見てね?」
「分かりました!」
「他にはないの?」
「じゃ、300点くらい取ってください!」
「「………それは無理。」」
「ちぇ。意気地無しーー。」
「そういう問題じゃないだろ。」
「アハハ!」
多分、武来は一試合で300点取れないことも知ってるだろう。
さっきの俺たちを見て、和やかな雰囲気にしようとしている。
その証拠に、俺と孝太郎の間に座るのではなく、自分だけ芝生に座り、俺と孝太郎の距離を縮めさせている。
「…さて。そろそろアップしにいくか。」
「そうだな。…お前も早く行かねぇと、席がなくなるぞ。」
「あ!そうだった!さっきはじゃんけんで席を取ったんですよ!賄賂まで渡して!」
「「賄賂?」」
「ポップコーン。」
「…映画館じゃねぇぞ。おい。」
「アハハ!」
それから別れて、試合に向けて集中力を高める。
「行けそうだな。颯汰。」
「…ヤバイな。これ。」
武来パワー。やっぱり凄い。
一時過ごした時間で、ここまで精神が安定している自分。
勝てる
試合前からそう思えるほど。
「試合に関しての指示は一つだ。攻めろ。各自ボールを持ったらゴールを狙え。」
正規スタメンを集めて、それだけ告げる。
コート上に移動すると、ウォーミングアップを始める。
3Pラインの向こう側から、様々な角度を交え20本立て続けにシュート。
寸分の狂いなし。
それだけやって、ベンチに下がる。
「孝太郎。俺、午後の調子もいいと見た。」
「…怖いくらいにスパスパ決まるな…リングに掠りもしない…」
「落とす気がしねぇよ。」
「勝利の女神様が付いてるもんな?」
「…認める。あいつが来てたら、落とす試合はない。」
「ハハ!素直だな。」
カッコいいと言ってくれる武来だから。
俺の中で一番カッコいいと思う姿を見せてやる。
まずは、試合の流れを作るために、先取点を入れることに集中。
「ティップオフ!!」
試合開始。
孝太郎がジャンプボールを制し、俺に目掛けてボールが飛んでくる。
流れるようにドライブインしてからのシュート。
「ナイッシュー!(Nice shoot)颯汰!」
「OKOK!こっからだ!」
隙は見逃さない。だがこっちの隙は見せない。
攻撃後の戻りも早く、ディフェンスも練習通り完璧。全員の動きもいい。
第一ピリオドから爆発した俺たちは、完全に自分達のペースに嵌まり込み、ラン&ガンの姿勢を崩さない。
そうなれば、スタミナ切れで動きについてこれなくなったしてチームの交代が相次ぐ。
それでも俺たちのスタミナは十分にあり、相手の焦りと疲労によるファールでさえ簡単に誘えるほど。
試合は最後まで一方的な展開になり、182対75という圧倒的な数字で撃破した。
そのうち90得点が俺の成績。うち、63得点が3Pシュートで、その後行われた記者インタビューの的になった。
(武来は…帰ったよな…)
結局、インタビューに応えて、雑誌の取材なども終えたのは、試合終了後2時間たった頃。
全日本ジュニアとして活動していた俺は、そのインタビューに丁寧に答えろと言われていたため、そうする以外なかったのだが。
まだ試合の続く会場内を覗き、武来のいた場所に目を移す。
そこにはやはり、姿はなかった。
でも、しっかり脳裏に刻み込まれている。
俺がゴールする度、歓声に混じって喜びの声をあげていた。
そして立ち上がって応援してくれていた。
キラキラしてたのは、体育館の熱気で汗をたくさんかいていたんだろう。
動く度に揺れる尻尾が、絶えず目の端に飛び込んできた。
試合を終えて挨拶のために整列したときには、また泣いていて。
カッコ良かった
凄かった
そして
大好きです
この三つを繰り返し呟いていた口元。
それを見て、胸が高鳴った。
苦しいほどの疼き。
俺はもう、こんなにも武来が好きなんだと再認識するくらい。
お・う・え・ん・あ・り・が・と・う
見えやすいように口を大きく開けて言えば、はにかんだ笑顔が俺をまた刺激した。




