3.風の誘惑-5
パシッ!
「!」
「……………」
無意識に、武来の肩に回そうとした手。
孝太郎に手首を掴まれた。
ハッとして孝太郎を見ると、真面目な顔で首を横に振った。
武来の見えない場所での攻防。
孝太郎がいる安心感から、無防備になっていた自分の感情に叱咤する。
「勇ちゃん。」
「何ですか?」
「いいこと教えてやる。」
「知りたいです!どんなことですか?」
「今日の作戦、全部颯汰のシナリオ通りなんだよ。凄くねぇか?」
「シナリオ?どんな?」
「最初のピリオド、勇ちゃんの言う通り、1年に対する経験を積ませようと、1年以外出さずに試合を進めた。点差までは当てられなかったものの、颯汰は試合の展開を読んでいたよ。」
「……へぇ……」
「第一で逆上せ上がる相手。第二でちょっと差を詰める。第三で得点を抑え、第四で攻撃を爆発させる。相手校の心理まで的確に読んで、それを実行したんだよ。颯汰のお陰でうちのチームは劇的な勝利者になったんだ。」
「す……すっごい!どうして?先輩は人を操れるんですか?私も操られてみたい!」
「アハハハ!」
「操れねぇよ。心理作戦だったんだ!」
「そうなんだ。つまんない…でもすごい!見てたことと今聞いたこと、そのままでしたよ?憎いな!この!どこまで惚れさせれば気が済むんですか!
…ああ。そっか。バスケの天才も、遂に私に惚れたってことですね?分かりました。付き合いましょう。」
「付き合わねぇよ。」
「…ああ……こ…孝太郎先輩…またフラれました…慰めてください……」
「いいよ?試合終わったらデートする?」
「はい!」
「……………」
…どうせこれもあのオチだろ?
しかも孝太郎がニヤついてやがるし。
「…夏目先輩…もっと…こう…ヤキモチとか…してくれていいんですよ?」
「ないな。」
「そんなぁ!」
ほら。…な。
武来の言葉には、認められるものと認められないものがある。
惚れてるよ。完璧に。
でも付き合わない。
その感情が分かってか、孝太郎はわざと俺に花を持たせるように語ってくれたんだ。
少しでもカッコよく見せようと。
お前の惚れた男をもっと好きにさせるように。
武来と孝太郎の思いが分かると、どちらも自分の中で受け止めていく。
「あのね勇ちゃん。バスケットの常識として、一つのラインがあるんだよ。」
「ラインって何ですか?」
「限界ライン。…バスケットは知ってる?」
「お勉強しました!夏目先輩の好きなもの!」
「ははっ。…バスケットは球技界では珍しくたった40分というスピードで勝敗が決まるスポーツなんだ。だから、その限界ラインを越えてしまえば、逆転されにくく、勝利は確実だと言われている。その点差が20点。」
「20点!?それより遥か上の点差でしたよ?」
「そうだ。もしくはダブルスコアと言って、勝ってるチームが負けてるチームの2倍点数を取ると、逆転不可能とされる。例えば20対40とか。そういうスコア。」
「…よ…4倍でしたよ?」
「そ。だから颯汰は凄いんだ。分かる?」
目を輝かせながら、首を数回縦に振った。
そんな姿も可愛い。素直だって思う。
「私の彼氏が、こんなに凄かったなんて!」
「……俺の彼女は、こんな顔してなかったはずだが?この童顔が。」
「うぐっ!…ひっどおい!人が気にしてることを!しかもサラッと振った!」
どんなに言っても、こんな調子。
多分、傷付いてはいるはずだ。
でもそれを表に出さない強さがある。
それに甘えている自分は卑怯な男だ。
俺だって囚われているものがなければ、お前に全部を言いたい。
(……辛いな……恋って)
…自分で恋を語りだす始末。
これも全部、こいつが俺に入り込んでくるからだ。
「あの!○○の夏目さんですよね!?」
「……え?」
「あ!浅野さんも一緒だ!試合拝見しました!凄かったです!」
俺の座っていた通路側。その通路に立っていた数人の女子高生。
見るからに女バス部の人間だろう。
だが、その一言に、周りが騒ぎ始めた。
「夏目先輩。孝太郎先輩。」
「「ん?」」
「喉が乾いちゃった。お茶を買ってきますね。」
武来は一言言って直ぐに立ち上がった。
その笑顔が、溺れた仔犬を助けた直後に見た笑顔と同じ気がして、その後ろ姿を見送った。
何であの顔なんだ?
一つの疑問が生まれて頭をグルグル駆け巡った。
その間も、俺たちの周りに人が集まってきて、会場内の注目を浴びる。
「ちょっと待って!もう試合が始まるんだから席について!」
「握手してください!」
「サインください!」
「今はバスケットに集中したいんだ!試合が終わったらまた来ればいいだろ!後でやってあげるから、席について大人しくしてて!今から試合する人たちの迷惑だよ!」
こういうことはよくある光景で、俺も孝太郎も慣れっこになっていた。
そんなときには、俺は一言も言葉を発しない。
全部孝太郎が対応してくれる。
俺が口を開けば、無表情で場の空気を氷点下に下がる天才らしい。
学校のイメージもあるし、部長だからと孝太郎に怒られたことがあった。
一時すれば、素直に孝太郎の言うことを聞いて散っていった。
そして、ティップオフ。
なのに、隣に武来がいない。
帰りの遅い武来が気になって仕方がない。
「…孝太郎…」
「ん?」
「…武来が来ない。」
「…え?……あ。ホントだ。」
試合に夢中になってた孝太郎は、俺の一言で辺りを見回した。
「迷子になったのかな?」
「…ちょっと捜してくる。」
「おいおい!待てよ颯汰。敵を見てなくていいのかよ?とりあえずインターバルまで待って、戻らなかったら捜しに行こう。」
「……………」
「颯汰。…敵が俺らを意識してるんだ。我慢してくれ。頼むよ。」
「…分かったよ。第一までいる。」
「ありがとう。」
午後の相手は、試合開始直後からその力量を発揮していて、既にデータは頭の中にインプットされている。
だから、無理をして見なくてもいいんだが。
そう思いながら、試合を観戦。
「…颯汰。どう見る?」
「…別に手こずらないと思う。」
「本気を出してないのか?」
「そうじゃねぇだろ。ただの練習不足。チームワークがなってない。これ以上見ても無駄だ。」
「そんなのまだ分からねぇだろ。」
「…お前、知らねぇの?こいつら、軽い暴力事件起こして、2ヶ月練習禁止だったんだ。活動再開、2週間前だぞ。」
「…そういう情報は小まめにくれ!」
「…つーわけで。武来捜す。」
「ダメ。第一まで見る約束。あと3分じゃん。俺らが同時に立った方が心理的にいい。」
「…孝太郎!」
「ダメだ。」
憎たらしいほど回りを見ている孝太郎に、イラッとしながら試合終了を待つ。
第一ピリオド終了のブザーと同時に、孝太郎と二人で席を立つ。
[見切ったか?]
[最後まで見ない気かよ]
[すげぇ自信だな…]
周りからひそひそ話が聞こえ始めるも、関係なく歩いてその場を離れた。
そりゃそうだろう。
次の対戦相手は、俺らにとって宿敵とも言える存在だった高校。
試合結果は30分戦った後に分かるが、ほぼ確定だろう。
その相手を最後まで見ることなく席を立ったのだから、相当自信があると見せ付けたようなもの。
(それより武来だ)
アイツが急に見えなくなって、知らない間に入院していた過去がある。
それが頭を過って離れなかった第一Q。
無事であればいい。
とりあえず、捜さないと。
「自販機のところにはいないな。どこ行ったんだろう?」
「試合見てるのか?」
「マジかよ…この観客の中を捜すの?」
「…会場に……あ!いた!」
「マジ!?どこ?」
「あっち。」
体育館を出て直ぐ目の前にある広場。
その木陰のベンチで、のんびりお茶を飲んでいた。
(し…心配させやがって!)
深い溜め息を吐くと、一気に脱力してしまった。
「何してんだ?抜け出したりして!まったく。」
「……気を使わせたかな?」
「は?」
「さっき、俺たちの周りにギャラリー集まったろ。勇ちゃんは初体験じゃねぇの?あんなの。俺らは慣れっこだけど。」
「………ったく…バカだ……」
「健気だな。可愛い。」
「可愛いとか言うな!行くぞ。」
武来の気持ち?それとも女の気持ち?
今まで分かろうとしなかったから、こんな些細なことすら理解できなかった自分が情けない。
気にしなくていい。
そう言ってやらないと。
「……武来。何してる。」
背後から近付いた俺たちは、その背中に声を掛けると、ビクッと肩を揺らせてこちらを見た。
「夏目先輩…孝太郎先輩…」
「心配したよ?なかなか戻らないから。」
「あーー…いや。ハハハ!」
「ハハハじゃねぇよ。あんなの気にすんな。」
「ええぇー!だって!」
「だってじゃねぇよ。孝太郎がそんなの追っ払うから。試合始まったじゃねぇか。」
「……あああ!…そ!それです!私は先輩の試合を見に来ただけだから!それで退室しようと!」
「見え透いた嘘をつくんじゃない。」
「そうだよ勇ちゃん。…怖かったの?」
「…あ……いえ。違います…」
「どした?」
歯切れの悪い受け答え。
こいつにしては珍しい。
武来は、ちょっと俯き目だけを上げながら俺と孝太郎を交互に見出した。
「…………うん。それはやめようか。」
「…え?」
「普通に見てくれないと、動揺しちゃうから。」
……俺のことか?孝太郎!
まぁ確かに、破壊力あった。
心臓がドキドキしてるのが分かる。
「…先輩たち…有名人…」
「ん?まぁね。」
「一緒にいたら、迷惑そうだったからです。場違いって言うか。そんな気がして。」
「そんなことないよ。…なぁ?颯汰。」
「ああ。俺は迷惑なら迷惑だという人間だ。」
「そういうこと。な?気にしない。」
二人交互にそう言うと、パァっと明るい笑顔を見せた。
「…じゃ、夏目先輩!最近迷惑って言わなくなったのは、迷惑じゃないからですか!?」
(…ヤバ。墓穴掘った)
武来を見れば一目瞭然。
キラキラさせて期待の目。
「…迷惑じゃない。」
「やったーー!今日はいい日です!!迷惑違子と呼んでください!ホッとしたらお腹空いてきました!ご飯買ってきます!では後程です!
♪もしかしてだけどぉ~!夏目先輩違子って命名気に入ってるんじゃないのぉ♪」
「…アハハハ!!!」
「……………」




