第0097話 ひとつ、逆さのふたつ、みっつ欠けてよっつ……
石畳を濡らす夜の霧は、灯火をぼやけさせながら酒場「四葉亭」の扉を撫でていた。
厚い木の扉を押し開ければ、樽の匂いと香ばしい肉の焼ける匂いが渾然と溶けあう。
旅人も傭兵も、疲れ果てた商人も、ここでは一様に酒杯を掲げ、安らぎを求める。
その一角、四人組の影が卓を囲んでいた。
土属性の騎士――ライネル。
黒鉄の鎧は磨かれてこそいるが、その表情は常に曇り空を映すように暗い。
口数は少なく、杯を傾けるよりも、じっと卓上の燭火を見つめている時間の方が長い。
対して、風属性の盗賊――シルヴィア。
軽やかな笑い声を絶やさず、手癖悪く、客の懐から小銭を抜き取っては返す素振りすら見せない。
「ちゃらんぽらん」とはまさにこの女のためにある言葉だった。
火属性の魔法使い――マリーベル。
赤毛を無造作に束ね、指先には常に火花がちらつく。
癇癪玉のような気質で、些細な冗談でも机を叩き、相手を睨みつけるのが常だ。
そして、水属性の僧侶――アリア。
白衣に包まれた姿は清らかだが、その瞳にはどこか深い寂しさが宿る。
周囲の喧噪から取り残されたように、杯を弄びながら、誰もいない虚空へと微笑みを投げる。
四人はそれぞれ気質も役目も違えど、不思議な縁に導かれ、しばしば調査や依頼を共にする仲だった。
今宵もまた、ただの夜が過ぎるはずだった。
――しかし。
角笛のように澄んだ口笛が、酒場の空気を裂いた。
その旋律は不自然に途切れ、再び紡がれるたびに、数字の羅列が浮かび上がるように聞こえた。
「ひとつ、逆さのふたつ、みっつ欠けてよっつ……」
客たちは笑って酔いに紛らわせた。
だが、ライネルの眉がひそめられ、アリアの手が思わず止まる。
口笛を吹いていたのは、粗末な外套を羽織った旅芸人だった。
彼の唇は蒼ざめ、笑みはどこか虚ろ。まるで誰かに憑かれたように数字の歌を繰り返す。
シルヴィアが半ば冗談交じりに囁いた。
「……おやおや、あれは“逆・数字の暗号”ってやつじゃないの?」
マリーベルが舌打ちを響かせた。
「冗談をやめろ。あれを解こうとした者がどうなったか、知らないはずないだろう」
燭火が揺れ、影が壁に踊った。
嫌な予感が、四葉亭の奥深くまで染み込んでいく。




