第0094話 古の祭壇
石畳を叩く靴音が、夜の霧に鈍く響いていた。
ライネルたち四人は「四葉亭」から託された依頼を胸に、街の北端にある礼拝堂へと向かっていた。そこは、龍神に祈りを捧げる古の祭壇が眠ると伝えられる場所だった。
「……女が石になる、って噂。あれ、本当なのかしら」
シルヴィアが軽い口調で問いかけるが、その眼差しは笑っていなかった。
「軽口を叩くな。既に街の広場で、二人の娘が石像になったと聞いた」
ライネルの低い声は、夜気を震わせる。暗い性格ゆえの厳しさが、今は誰の心にも重くのしかかっていた。
アリアが静かに祈りの言葉を紡ぐ。
「人々の恐れが、まるで風に乗って広がっていくようです……。でも、必ず原因はあるはず」
寂しげな微笑みは、そのまま彼女の不安の裏返しだった。
マリーベルは苛立ちを隠さず、杖を地に突き立てた。
「原因を暴くしかない。石化の術なんて、相当強力な呪術よ。放っておけば街全体が……」
四人の間に沈黙が落ちた。霧の中で遠く鐘の音が響き、礼拝堂が姿を現した。
中に入ると、薄闇の中に祭壇があった。その前にひざまずいていたのは、一人の僧侶。白布で顔を覆い、龍神に祈りを捧げているようだった。
「おい、誰だ!」
ライネルが剣に手を掛けると、僧侶は振り返る。
その顔を見て、アリアが短い悲鳴をあげた。
「……父さん?」
そこにいたのは、アリアが幼い頃に亡くしたはずの父だった。だが、彼の瞳は虚ろで、口元には奇妙な笑みが浮かんでいる。
「龍神に雨を乞う……それが我らの務め。だが代償は必要だ」
その言葉と同時に、僧侶の掌が光を帯び、石のような冷気が礼拝堂を満たした。
シルヴィアが舌打ちする。
「やっぱりただの祈りじゃなかったってわけね。呪術だ!」
マリーベルが火炎を放つが、僧侶は影のように霧散し、祭壇の裏へと姿を消す。
「待て!」ライネルが追おうとした瞬間、アリアが彼の腕を掴んだ。
「待って! あれは……父さんなんです!」
「違う! あれは操られた死者の影だ!」
二人の声がぶつかる。仲間の絆にひびが入り、空気が裂けた。
その時、礼拝堂の外で悲鳴が上がった。
駆け出すと、石畳の上に若い女が立ちすくみ、次の瞬間、白い光と共に石像へと変わり果てていく姿があった。
「……やめて!」アリアの叫びも虚しく、変化は止まらなかった。
ライネルは奥歯を噛みしめる。
「この街を呪っているのは、敵か……それとも祈りそのものか」
そして、四人の影の前に、もうひとつの影が立ちはだかった。
それは「四葉亭」から情報を送っていたはずの協力者だった――しかし、その瞳は氷のように冷たく、唇は皮肉げに歪んでいた。
「おまえたちは、真実を見誤っている」
「……裏切ったのか」ライネルの声は鋭く低く響いた。
敵か味方かも分からぬ協力者の裏切り。石化の呪いは広がり、仲間の信頼は揺らぐ。
「逆・親の敵と知らずに殺す」――その言葉の予兆が、誰の胸にも不気味に沈んでいた。




