第0093話 呪文や祈りの言葉は、言霊と同じ
石畳の路地は、まだ夜の湿り気を引きずっていた。
四人は並んで歩きながら、互いの足取りの重さを感じていた。
「……妙だ」
ライネルが低く呟く。
「証言にあった“言い間違い”。それだけで命を奪うなど、理屈が通らん」
「けど、事実として女は石になったのよ」
マリーベルが苛立たしげに答える。
「呪文や祈りの言葉は、言霊と同じ。間違えれば逆効果になるのは珍しくない」
「それにしちゃ、犠牲者ばかり女ってのも変じゃない?」
シルヴィアが帽子をくるくる回す。
「男だって祈ってただろ。なのに、石になるのは女ばっかり」
「……選ばれてる」
アリアの声は震えていた。
「女であること、祈ること……その二つが揃ったときに、石化は訪れるんじゃ……」
四人は互いに顔を見合わせた。
嫌な感情――恐怖と嫌悪が、次第に輪郭を持ちはじめていた。
広場の外れにある古い礼拝堂を訪れたときのことだった。
そこには、すでに一人の男がいた。
「お前たちも来たのか」
影のように座り込んでいたのは、昼間出会ったあの男だった。
隣で祈っていたという、証言者。
だが、その顔色はさらに悪くなっていた。
目の下の隈は濃く、呼吸は浅い。
「……息を止める癖が、抜けないんだ」
彼は苦しげに胸を押さえた。
「石になる恐怖から逃れるには、自分の息を止めるしかない。
息がなければ、石化も届かないような気がして……」
ライネルは眉を寄せる。
「自分で息を止めて死ぬ気か」
男は答えなかった。
ただ苦しげに笑みを浮かべ、その場にうずくまった。
「……このままじゃ、彼も犠牲になる」
アリアは駆け寄ろうとしたが、マリーベルに止められた。
「駄目よ。まだ真実が見えない。彼を救うには、まず謎を解かなきゃ」
嫌な感情が、四人の胸を締めつけた。
助けたい気持ちと、無力な自分たちへの怒り。
その夜、四葉亭に戻ると、そこに見慣れぬ若者が座っていた。
痩せぎすの体、怯えた目。
だが、その手には血の跡が残っていた。
「……俺を追い出さないでくれ」
彼は膝をつき、必死に言葉を吐き出した。
「俺は……親の敵を討ってしまったんだ。
知らずに……ただの争いだと思って剣を振るったら……そいつが俺の父を殺した仇だった」
四人は息をのんだ。
彼の言葉は震えていた。
「意図せず……仇討ちをしてしまった。
俺は……祝福されるべきなのか、それとも罪に囚われるべきなのか……わからない」
援助者――だが彼自身も被害者だった。
その存在が、石化事件とどこかで繋がっている気がした。
「……待ったをかけられているのよ」
マリーベルが呟く。
「真実に辿り着こうとする私たちに。
感情の渦そのものが、立ちはだかってる」
ライネルは拳を握る。
「枷だな。
――だが、乗り越えねばならん」
翌朝。
市場には噂がさらに広がっていた。
「次に石になるのは依頼者だ」
「いや、祈りを知る者すべてが危ない」
「龍神はもう人間を見捨てたんだ」
ドルグの影がそこにあった。
ライバル探偵が意図的に流している噂が、街を不安で満たしていた。
四人は胸に突き刺さるような言葉を浴びながら、顔を見合わせた。
「嫌な感情は、もう止められないくらい膨らんでる」
シルヴィアが苦笑する。
「こりゃ、街全体が石になっちまうんじゃないの」
「冗談じゃ済まないわよ」
マリーベルが火花のように声を荒らげる。
「……でも」
アリアは小さく祈るように呟いた。
「嫌な感情に、待ったをかける方法があるはず。
それを探さなきゃ……依頼者を救えない」
ライネルは頷いた。
「石化の正体は、まだ謎のまま。
だが次の手掛かりは……祈祷の言葉そのものだ」
四人は決意を固めた。
――嫌な感情が彼らの前に立ちふさがる。
――だが、それを突破することでしか前へ進めない。
調査は、さらに深い闇へと進もうとしていた。




