第0092話 言い間違い一つで石になる
街の朝は、重く沈んでいた。
鐘の音は鳴っているのに、誰ひとり足を止めて耳を傾ける者はいない。
市場の声も低く、笑い声はどこかに消え去っている。
石化した女の噂が、夜のうちに広がっていた。
「また一人、祈りの最中に固まった」と。
人々の顔は青ざめ、口々に嫌な言葉を交わす。
――祈りは間違っている。
――龍神は怒っている。
――誰かが禁じられた言葉を使ったのだ。
街そのものが、嫌な感情で満ちていた。
「依頼を受けた以上、まずは現場だ」
ライネルは短く言い切り、石畳を踏みしめた。
四人は広場に向かう。
そこにはまだ、石化した女が立っていた。
祈りの仕草を保ったまま、灰色の瞳は空を見上げている。
「……怖い」
アリアが小さく息を呑む。
「まるで、生きているみたい……」
「生きていたんだよ」
マリーベルが唇を噛む。
「一瞬前まで、祈りの言葉を紡いでいた。
その声が、まだ耳に残ってる気がする」
「だが――言葉が変わった」
ライネルは女の口元を見つめる。
「祈祷の言葉は古代語だった。聞き慣れぬ言葉を唱えるうちに……彼女は言い間違えたのかもしれん」
「言い間違い一つで石になるって?」
シルヴィアが首を傾げる。
「そんな馬鹿な。だったら、私なんて毎日石像になってるよ」
「冗談に聞こえないのが怖いわね」
マリーベルは苛立たしげに吐き捨てる。
「けど、確かに――あの瞬間、祈りがねじ曲がった気がする」
四人が広場を調べていると、声をかけてくる者がいた。
「調査をしているのか?」
粗末な外套を羽織った男。
目は落ち窪み、唇は紫色に乾いている。
「誰だ」
ライネルが警戒する。
「俺は……彼女の隣で祈っていた者だ。
石になったのを、この目で見た」
男は怯えるように、だが必死に語った。
「彼女は言葉をつまずいた。
それが引き金だったんだ。……俺は耳で聞いたんだ。
本来の祈りではない、別の音を」
「別の音?」
シルヴィアが身を乗り出す。
「馴染みのない響きだ。俺には理解できなかった。
だが確かに、雨を乞う祈りではなかった」
男は震えていた。
その姿に、アリアは胸を締めつけられる。
「……あなたは、大丈夫なんですか? 石に……」
「俺は……助かった。けど……」
男は言葉を濁した。
そのとき、彼の指が無意識に喉元を押さえているのに気づいた。
まるで、息を止める癖でもあるかのように。
四葉亭に戻ったとき、探偵団のテーブルにはすでに一人の影があった。
「ご苦労なこった」
皮肉めいた声が飛んでくる。
「石になった女の口元まで調べたそうじゃないか」
現れたのは、対抗者――ライバル探偵の ドルグ。
厚手の外套に身を包み、どこか薄笑いを浮かべている。
「石化事件の真相は俺が暴く。お前ら四人は踊らされてるだけだ」
「……相変わらずね」
マリーベルが睨む。
「証拠もなしに言い切れるの?」
「証拠? 簡単さ。
――これは龍神の怒りだ。
余計な調査をしても、誰も救えやしない」
シルヴィアが声を立てて笑う。
「出た出た。安っぽい神罰説。あんたが広めて回ってるって噂は本当だったんだね」
「俺は真実を語っているだけだ」
ドルグの目は冷たい。
「だが、誰もがお前らの推理に耳を貸すとは限らない」
彼は背を向け、酒場を出ていった。
残された空気は重く、嫌な感情が漂っていた。
「……やっぱり、この事件はおかしい」
アリアが呟く。
「祈りと言葉の間に、何か秘密が隠されてる」
「それを見抜かなきゃ、次の犠牲者は依頼者だ」
ライネルが硬い声で言う。
「そして、街の全員だ」
マリーベルが拳を握る。
「じゃあ、謎解きの旅に出るしかないじゃん?」
シルヴィアが軽口を叩く。
「雨乞いと石化、どっちが本当なのか――探してやろうよ」
四人は視線を交わし、うなずいた。
嫌な感情の正体を問いただすために。
言葉の秘密を暴くために。
彼らは歩き出した。




