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第0091話 石になる命

石畳の街に夜霧が落ちていた。

雨は降っていない。だが、街の中央広場には水気を孕んだ気配が渦を巻き、誰もが息を潜めていた。


「……また、ひとりだ」

群衆の誰かが低く呟いた。


広場の中央には、女の姿があった。

白い手を伸ばしたまま、祈るように天を仰いで――その全身が灰色の石に変わり果てていた。


人々は顔をそむけた。

石化はゆっくりとではなく、一瞬で訪れる。

ついさきほどまで、彼女は声を上げて祈りを唱えていたはずだったのだ。


「龍神よ、天より水を……」

その言葉の余韻だけが、まだ広場に漂っている。


だが結果は――雨ではなく、石。


その夜。

酒場「四葉亭」は、いつも以上に重苦しい空気を抱えていた。

古びた木の梁、すすけたランプの炎、麦酒の泡立つ音。

その全てが、今日ばかりは何かを隠すように沈んでいる。


「まただってさ」

ちゃらんぽらんな声で、風の女盗賊シルヴィアが口火を切った。

テーブルの上に長靴を投げ出し、赤い羽根つき帽子を傾ける。


「また女が石になった。これで三人目だよ。まるで街全体が呪われてるみたいじゃないか」


「呪いじゃない」

土の騎士ライネルが短く言った。

彼は背筋を伸ばしたまま、冷たい麦酒をひと口含む。

石化した女の姿を見たときの嫌な感情が、まだ胸に沈殿していた。


「……呪いなんかじゃ、すまされない。もっと現実的な理由があるはずだ」


「現実的、ねえ」

マリーベルが鼻で笑った。火属性の女魔法使いは、赤毛を揺らしながら椅子の背もたれに身を預ける。

「雨を呼ぶはずの祈りが、どうして石化に化けるのよ? あんたの言う現実は、魔術よりも不可解だわ」


「でも……」

か細い声で、アリアが口を開いた。水の僧侶は、胸の十字飾りを握りしめ、震えている。

「……彼女は、必死に祈っていた。

 雨を乞うだけの言葉が、どうしてあんな……。

 わたし、見ているだけで……寂しくて、怖くて……」


彼女の声は震え、杯の中の水が揺れた。


「つまり、嫌な感情ってやつさ」

シルヴィアが口笛を吹く。

「怖いだの、寂しいだの、許せないだの。

 そういう感情がうごめいてるときに、妙な事件が起きるもんだろ」


「感情じゃ解けん」

ライネルは低く返す。

「必要なのは証拠だ。――そして調査だ」


彼の視線は、四葉亭の奥に座る一人の女に向けられた。


女はフードを深くかぶっていた。

だが、その震える手とこわばった口元は隠しようがなかった。


「……依頼を」

掠れた声で、彼女は言った。


「わたしを……助けてください。

 あの広場で祈っていたら、わたしもきっと石になってしまう……。

 次は、わたしの番かもしれないんです」


四人は顔を見合わせる。


「来たね」

シルヴィアが片眉を上げる。

「噂の依頼者さまのお出まし。さてさて、石になる前に真実を暴いてくれって?」


「馬鹿を言うな」

ライネルは鋭く遮る。

「依頼は正式に受ける。――命がかかっているんだ」


「石になる命なんて、笑えないけどね」

マリーベルが吐き捨てるように言った。

しかしその拳には、怒りがこもっている。


アリアは祈るように女の手を握った。

「大丈夫です。わたしたちが必ず……。

 祈りの意味を、もう一度取り戻します」


酒場の灯りが揺れる。

四人は立ち上がった。


――嫌な感情と向き合うために。

――そして、石化という謎を解くために。


その瞬間から、四葉亭の探偵団の新たな調査が始まった。

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