第0089話 黒幕の計画
夜の酒場〈四葉亭〉は、いつになく静かだった。
窓の外に見える街灯はかすかに揺れ、石化の恐怖から解放された住民たちが、眠りに落ちるのを見守っている。
しかし、探偵の目には落ち着きはなかった。胸の奥に、血の契約と犠牲の記憶が重くのしかかっている。
「……本当に、これで終わりなのかしら」
アシュレイがグラスを手に、窓の外を見上げた。
探偵は静かに首を振る。
「終わりではない。黒幕はまだ動いている」
その言葉が現実のものとなるのは、翌夜のことだった。
街の北側、かつて石化の波が最も激しかった区画に、異様な影が現れた。
それは、複数の頭を持つ怪物――妖怪の化身のようで、暗闇の中を滑るように動いている。
その姿は、一目で「ただ事ではない」と知らせていた。
ライネルが剣を抜き、低く呟く。
「……多頭の影か。前に聞いたことはあるが、まさか本物を見ることになるとは」
シルヴィアが笑いながらも身構える。
「うわ、動きが早すぎる。これじゃ追いつけないわ」
マリーベルは杖を掲げて炎を灯し、攻撃の準備を整える。
アリアは震える声で祈りを唱えた。
「どうか……無事でありますように」
影が近づくにつれ、探偵は冷静に文字通りの解析を始めた。
この多頭の影――街の石化と血の契約、どちらの術式にも関わる存在だ。
その目的は単純明快であり、しかし恐ろしい。
その時、酒場の扉が再び開き、黒い外套の男――ドルグが姿を現した。
「探偵さん、手がかりを全部教えてくれちゃ困るんだがな」
彼はにやりと笑い、探偵の動きを先読みするように進む。
ドルグの口から、街の石化、血の契約、そして多頭の影の背後に潜む黒幕の存在が明かされる。
「黒幕は……『人間を石から再誕生させる』ことを狙っている。お前たちの行動は、すべてその計画の前段階にすぎない」
アシュレイが怒り混じりに声を上げる。
「人間を石にして、そこから再び生み出すだなんて……!」
マリーベルが杖を振り上げる。
「ふざけるな、今度こそ焼き尽くしてやる!」
しかし、探偵は仲間を制した。
「落ち着け。力任せにすれば、犠牲が増えるだけだ」
ライネルも剣を下ろし、重苦しい沈黙の中で頷いた。
その瞬間、多頭の影が襲来した。街の影が複数の手足となり、仲間たちを包囲する。
ライネルは盾となり防御を固め、シルヴィアは俊敏な動きで住民を守り、マリーベルは炎で援護し、アリアは回復と祈りで仲間を支える。
石畳が崩れ、瓦礫が飛び散る中、探偵は冷静に多頭の影の中心を見据えた。
そして理解した。逆暗号の力は、この影の中で生き続けていたのだ。
影の頭のひとつが石化の光を放ち、街の運命を操ろうとしている。
探偵は仲間に指示を出す。
「各自、役割を守れ。攻撃と防御、そして回復を組み合わせれば、奴の動きを封じられる」
連携は完璧だった。影は幾度も攻撃を受け、やがて苦鳴のような声を上げて退散した。
その背後で、ドルグが影の正体を解析していた。
「ほう……よくやったな。だが知っておけ。黒幕はまだ隠れている」
探偵は深く息をつき、仲間の方を向く。
「街は一時的に安定した。しかし油断はできない。黒幕の手はまだ届く範囲にある」
アシュレイは小さく窓の外を見上げた。
「……次は、帰還と解決への道ね」
街の灯りは揺れ、石化の恐怖は薄れた。しかし闇の奥では、黒幕の計画が着々と進行していることを、一行は知っていた。




