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第0085話 暗号は、解かれるために存在する

翌朝、薄曇りの空の下を、探偵と仲間たちは街道沿いに歩いていた。夜明けとともに立ちのぼった靄はまだ消え切らず、丘の上に広がる街の輪郭を淡く包み隠している。

 その街――〈灰の都〉と呼ばれるその地こそ、今回の調査の目的地だった。


 街に近づくにつれ、誰もが言葉をなくしていった。石造りの門に入る前から、その異様さは目に飛び込んでくる。道端の樹木が、枝の先まで灰色に固まり、まるで大理石の彫像のように硬直していた。鳥や獣の姿もまた、空中で羽ばたいた姿のまま、あるいは跳ねかけた姿のまま、すべてが石に閉じ込められていたのだ。


 アシュレイが震え混じりに囁いた。

「……街ごと、時間が止まったみたいね」

 彼女の声は、いつもの陽気な酒場の女主人のものではなかった。目の前に広がる光景は、それほどまでに現実感を奪うものだった。


 門をくぐり抜けると、さらに異様さは増した。広場の片隅では、子どもと思しき姿が石像となり、追いかけっこの最中の笑みを浮かべている。露店の棚には果実が石の彫刻と化し、香辛料の袋さえも灰色の塊と化して並んでいた。

 しかし不思議なことに、街全体が無人というわけではなかった。石化を免れた住民も僅かに残っており、怯えた眼差しでこちらを見守っていたのだ。


 探偵は彼らに近づき、静かに言葉を投げかけた。

「何が起きているのか、話してもらえませんか」

 年老いた男が唇を震わせながら答える。

「……逆暗号だ。あの呪われた文字列が現れてから、すべてが……」


 逆暗号――その名が出た瞬間、空気がざわりと揺らいだように感じられた。

 アシュレイが小声で探偵に囁く。

「逆暗号って……聞いたことある?」

「いや。ただ、その言葉には意味があるはずだ」

 探偵は街の中心へ視線を向けた。そこには巨大な石柱が立ち、表面にびっしりと刻まれた不可解な記号が陽光に照らされていた。文字は上下が逆さまに彫られ、鏡写しのように交差している。


 近寄ると、柱の前にすでに一人の影が立っていた。

 黒い外套、皮肉な笑み――ライバル探偵、ドルグである。

「やっと来たか。遅かったな」

 彼は柱を指でなぞりながら言った。

「この街の石化現象、そして逆暗号――お前に解けるかな?」

 挑発的な声。アシュレイが不快げに眉をひそめる。

 探偵は静かに答えた。

「試すまでもないさ。暗号は、解かれるために存在する」


 ドルグは肩をすくめ、広場を後にした。去り際に残した言葉は、冷たい余韻を伴っていた。

「なら、せいぜい急ぐんだな。石になる前に」


 広場に風が吹き抜け、石化した木の葉がかすかに擦れ合った。

 探偵は石柱に刻まれた文字を見つめ、そして胸中に誓った。

――この逆暗号こそ、すべての始まりだ。

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