第0084話 「逆の言葉」の謎
青年を支え、椅子に座らせたのは、酒場の女主人アシュレイだった。
赤銅色の髪を後ろでまとめ、逞しい腕で青年の背を支える。普段は豪快に客をさばく彼女だが、今は母のように優しく青年をあやしていた。
「水を持ってきな、喉を潤さないと」
そう言って、卓に冷えた水の杯を置く。青年はそれを震える手で掴み、どうにか一口、喉へと流し込んだ。
「アシュレイ、詳しく話を聞けるか?」ライネルが低い声で尋ねる。
「もちろんよ」彼女は頷き、青年の肩を叩いた。「落ち着いて。ここは安全だからね」
青年はかすれ声で途切れ途切れに語り出した。
――友人が突然、言葉を失い、その場で石像のように固まったこと。
――石化した友の口元に、奇妙な刻印が浮かび上がっていたこと。
――そして、自分もまた声を失い始めていること。
「……あんた、このままじゃ次はあんただよ」マリーベルが吐き捨てるように言った。
「火の魔法使いらしい物言いね」シルヴィアが肩をすくめる。「でも事実だわ」
「だから助けを求めに来たのだろう」ライネルが重く締めくくった。
そのやり取りを黙って聞いていた主人公は、卓に指を軽く叩いた。
「証人が必要だ。アシュレイ、石化の現場を見た者は?」
女主人は顎に手を当て、常連客の方へ視線をやった。
「見たって言うなら、奥にいる鉱夫のガルドだね。あの人、石になった仲間を運んだらしい」
呼び出された鉱夫ガルドは、重苦しい顔で証言を始めた。
「確かに俺の仲間が石に変わった。酒場の前の広場で、言葉を発しようとした瞬間だった。何を言おうとしたのかは……聞き取れなかった。気がついたら、もう石の彫像になっちまってたんだ」
アリアが身を震わせた。「言葉を……奪われるなんて」
「神の奇跡か、悪魔の呪いか」ライネルが呟く。
「どっちにしろ、タチの悪い遊びね」マリーベルの声は苛烈だった。
主人公は青年を見下ろした。すでに声は掠れ、今にも消え入りそうだ。
「依頼を受けよう。だが時間はない。お前の声が完全に消える前に、真相を暴かなければならない」
青年の目に涙が浮かび、必死に頷いた。
その仕草を見届け、アシュレイは深く息を吐いた。
「また厄介な仕事を背負い込んだね、あんたたち」
「四葉亭の看板はそういうもんさ」シルヴィアが軽口を叩き、杯を掲げる。
ライネルは立ち上がり、剣の柄に手をかけた。
「行くぞ。石化の現場へ」
アリアは祈るように胸の前で手を組み、マリーベルは炎の光を灯して準備を始める。
そして主人公は、黒い外套を翻し、冷たい夜の霧の中へと歩み出た。
――奇妙な「逆の言葉」の謎を追う、最初の一歩であった。




