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第0083話 探偵

石畳の路地は、夕暮れとともに霧を孕む。灰色の石壁に囲まれた狭い通りを、行き交う人影は急ぎ足で抜けていった。昼のざわめきが薄れ、夜の帳が街に落ち始める。


街灯代わりの鉄の燭台に火がともされる頃、一軒の酒場に橙色の灯りが揺れていた。

木製の扉の上に吊るされた看板には、四つ葉の意匠が刻まれている。――「四葉亭」。

 この街に長く根を張る、探偵たちの拠点であった。


 中へ入ると、暖炉の炎がぱちぱちと薪をはぜさせ、酒と肉の匂いが漂う。粗野な客の笑い声、弦楽器の音色、木卓に打ちつけられるマグの音。喧噪の中にあって、ひときわ異質な四人の姿が目を引いた。彼らはこの酒場に巣を持つ、いわば「探偵団」の狂言回し――依頼を受け、事件の真相へ踏み込む者たちである。


 重厚な甲冑に身を包み、黙して杯を傾けるのは土の騎士ライネル。彼の眼差しは深い闇を宿し、口数は少ないが、その沈黙には重みがあった。

 その隣で、椅子を斜めに引き、靴を卓の上に投げ出しているのは風の女盗賊シルヴィア。軽薄な笑みと共に、銀のナイフを器用に回しながら「退屈だ」と口癖のように零す。


 向かいに座る火の魔法使いマリーベルは赤髪を揺らし、苛立ちを隠さずに卓を指で叩いていた。感情の火種を抑えきれず、常に爆ぜる寸前の炎を纏うような女だ。


 最後に、背筋を小さく丸めて杯を両手で抱えるのは水の僧侶アリア。薄い金髪を頬にかかるほど垂らし、物寂しげな瞳で炎を見つめている。笑い声に混じるのが苦手で、ふとした拍子に誰かに寄り添いたくなる、寂しがり屋の女であった。


 彼ら四人を見渡す位置――酒場の片隅に、黒い外套をまとった旅人が静かに腰掛けていた。影のように存在感を消し、名を持たぬその人物こそ、このエピソ―ドの主人公である。誰もが彼を「探偵」と呼ぶが、正体は謎に包まれていた。


 その夜、四人がいつものように愚痴や軽口を交わしていると、酒場の扉が勢いよく開いた。冷たい夜風が吹き込み、灯りが一瞬揺れる。入ってきたのは、一人の青年だった。顔色は青ざめ、肩で息をしながら、必死に何かを訴えようとする。

 だが、口を開いても声はかすれて出ない。呻きに近い掠れ声が漏れるばかりで、まともな言葉にはならなかった。


 「……おい、あれは」

 シルヴィアが姿勢を正し、珍しく真剣な顔つきで青年を見た。

 アリアがすぐに席を立ち、青年に駆け寄る。「大丈夫? どうしたの?」


 青年は卓に突っ伏しそうになりながら、必死に口を動かした。掠れ声がやっと紡いだのは、短い一言。

 「……友が……石に……」


 酒場のざわめきが、一瞬で冷えた。

 マリーベルの眉が険しくなる。「石? 石になったってのか?」

 ライネルが重く頷いた。「噂は聞いたことがある。街で、人が突然、石像のように変わると」


 青年は必死に頷き、胸の奥から血を吐くように絞り出す。

 「……言葉を……失うと……石に……」


 四人は顔を見合わせた。

 その背後で、主人公は杯を置き、静かに席を立った。

 黒い外套の影が、青年の前に歩み出る。

 「依頼か?」――低く、しかしはっきりとした声が、青年の心臓を撃った。


 青年は震える手で頷き、涙をにじませる。

 「……助けて……ください……」


 その声は、もうほとんど消えかけていた。

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