第0082話 円環の紋様
地底の闇に、私たちは一歩一歩踏み込んだ。
湿った石壁の匂い、低くうなる風、そしてかすかな呻き――すべてが、緊張の糸を張りつめる。
「奴の弱点は……ここだ」
ライネルの低い声に、全員が息を潜める。
目の前で蠢く怪物――巨大な鱗と爪を持つその体は、不死身に見えた。
だが、足に僅かに刻まれたひび割れが、唯一の弱点を示している。
シルヴィアが身を翻し、短剣でその隙間を正確に突く。
マリーベルが炎の魔法を絡め、怪物の動きを制する。
アリアは祈りで仲間を守り、攻撃の衝撃を和らげる。
導師は儀式を続けようと必死だ。
「まだ間に合う! 血と霧の力を使えば、町は永遠に我がものとなる!」
だが、怪物の動揺により、円環の紋様は崩れ始めた。
ドルグは冷静に観察し、隙を突く。
「君たちの方法は……理にかなっている」
そう言うと、彼もまた、導師の動きを封じるために動き出した。
私たちは互いに無言で頷き、最後の力を振り絞る。
ついに、怪物は崩れ、石のように動かなくなった。
導師の力も衰え、血の霧は消え去る。
地底の門は静かに閉ざされ、闇の底に沈んでいった。
その時、援助者――石に化した男の姿が、光に照らされてかすかに反射した。
石となった彼の犠牲は大きい。だが、彼が遺したものは、私たちに勇気と知恵をもたらした。
ライネルはその前に立ち、拳を固めた。
「……助けられた命がある限り、我々は前に進む」
依頼人は泣き崩れながら、十五年前の秘密を語り始めた。
町の呪い、家族の過ち、隠されていた真実――
すべてが語られ、血の霧で封じられていた過去が解放される。
ドルグはその場で立ち去ろうとしたが、ライネルが軽く声をかける。
「……今回だけは、感謝しておく」
彼は僅かに微笑み、闇の中に消えた。
敵でありながら、同じ真実を求める者としての一線が描かれた瞬間である。
町に戻ると、夜明けの光が石畳を淡く照らす。
霧は晴れ、雨も止み、街は静けさを取り戻していた。
狂言回しの四人は肩を並べ、互いの無事を確認する。
「終わった……のか?」
アリアが呟く。
「まだ道は続く。だが、今日の我々の戦いは、確かに未来を守った」
マリーベルは短く頷き、シルヴィアは軽く笑った。
ライネルは最後に地底を見やり、剣を鞘に納める。
「また異郷の謎が呼ぶだろう。その時まで……準備をしておく」
血の霧と不吉な雨の影は消え、町には平穏が戻った。
だが、依頼人の心には、過去を超えて生きる勇気が芽生えていた。
私たちもまた、それぞれの道を歩むことになる。
そして地底の門は、静かに次の冒険を待つ。
謎と秘密と対立の物語は、ここでひとまず幕を閉じた――。




