第0077話 不吉な雨と失踪の謎
霧が垂れ込め、石畳の路地は濡れた革靴の音を鈍く反響させていた。
探偵団の四人は、町の正門ではなく、普段は使わぬ旧水路沿いの小径を進んでいた。
「……やけに寂れてるわね。」
先頭を歩く女盗賊シルヴィアが鼻を鳴らし、肩から提げた小袋を軽く叩いた。
「こっちの道、泥棒にとっちゃ住みやすそう。廃墟だらけだし、追手も来ない。」
「冗談はやめろ。」
騎士ライネルは低い声で制した。土色のマントを纏い、仏頂面のまま周囲を睨みつける。
彼の瞳には、瓦解した教会の尖塔や、苔むした水路の石壁が映っていた。
「ここは……まるで異郷だ。町の裏側に、こんな区画があったとはな。」
火属性の魔法使いマリーベルは苛立たしげに杖を突く。
「陰気な道を選んだのはあんたでしょ、ライネル。わざわざ遠回りして、不気味な景色ばっかり見せられるこっちの身にもなってよ。」
「……避けたかったのだ、正門の検問を。」
ライネルは短く答えると黙り込んだ。
水属性の僧侶アリアが、その背に静かに言葉を添える。
「いいじゃない……こうして四人で歩いてるだけで、少しは心が和むものよ。寂しい道でも。」
その声音には、どこか自分を慰めるような響きがあった。彼女は孤独を抱えたまま、仲間の存在に寄りすがっていた。
霧を抜け、港町の広場に出る。船の帆柱が雨に煙り、行き交う人々の表情には暗い影があった。
噂のせいだ――雨の夜に人が消える、という。
やがて一行は、赤い看板を掲げる酒場「四葉亭」の扉を押し開ける。
木造の梁の下、灯火の明かりが揺れ、暖かなざわめきが広がった。旅人や傭兵が杯を傾け、情報が飛び交う。
「お、来たな探偵団!」
顔なじみの客が声を上げる。
「お前らなら、この町の不吉な話も解き明かしてくれるだろうぜ。」
歓声と賞賛に迎えられ、四人は一卓に腰を下ろした。
その場の空気に、シルヴィアはにやりと笑い、マリーベルはむすっとしたまま腕を組んだ。
アリアは柔らかく微笑み返し、ライネルは黙して杯を傾ける。
やがて、酒場の扉が再び軋む音を立てた。
外套の赤が目に飛び込む。濡れたフードを下ろしたのは、蒼白な顔の若い女だった。
「……兄を、探してほしいのです。」
その一言に、場の喧噪がしんと鎮まった。
女は震える声で語る。
数日前、兄が夜の雨の中で姿を消した。警邏も豪商の家も動かない。町ではただ「雨に喰われた」と囁かれている、と。
アリアは身を乗り出し、女の手を握った。
「大丈夫。私たちが必ず調べます。」
マリーベルは苛烈な声で応じる。
「ただの失踪なんかじゃない。魔に関わる災いだわ。」
シルヴィアは軽口を叩いて女を安心させようとするが、目は鋭く周囲を探っていた。
ライネルは低く問う。
「最後に兄を見たのは、雨の夜か。」
女は震える頷きを返す。
――その瞬間、酒場の外で雨音が強まった。
探偵団の心に、一様に冷たい予感が走った。
町を覆う不吉な雨と失踪の謎。その背後に潜む怪物の影を、彼らはまだ知らない。




