第0007話 嵐の酒場
雨は港町を容赦なく打ち付けていた。灰色の空から落ちる雨粒は石畳に跳ね返り、小さな水たまりを作り出す。波が防波堤に砕けるたび、木造の桟橋は軋み、遠くの灯台の光が霧にぼやけて揺れる。港町の街角は濡れそぼり、街灯の光も雨にかき消されそうだった。
四葉亭の重厚な木製扉は、風雨に打たれてきしむ音を立てる。扉を押し開けると、暖炉の炎が迎え、煙と酒の匂いが入り混じった空気が押し寄せてきた。旅人、商人、傭兵……様々な人々が、濡れたマントや荷物を拭きながら酒場の奥へと急ぐ。そこには笑い声と怒声、杯を打ち鳴らす音が絶え間なく響いていた。
ライネルは入口付近で立ち止まり、濡れたマントを叩き肩を整える。
「……この夜、何が起ころうとも、俺は証明せねばならない」
低く呟いた声は、酒場の喧騒にかき消されそうになる。彼の瞳には、暗い影と決意が同時に宿っていた。
そんな時、風のように軽やかに足音が近づいた。シルヴィアである。肩を揺らして笑いながら、ライネルの隣に飛び込む。
「まあまあ、そんな顔しても仕方ないわよ。嵐だってのに、ここにいるんだから、楽しみましょ?」
ライネルは眉をひそめる。
「楽しむ状況じゃない」
背後からマリーベルの怒声が響いた。「楽しむだと?! 死人が出たんだぞ!」 怒りで手を震わせる彼女は、火の属性の魔法使いらしく、感情がそのまま行動に現れる。
水の僧侶アリアは静かに窓際に座り、雨に濡れた桟橋を見つめる。
「焦らずに、まず状況を把握しましょう……」
孤独を嫌い、人に寄り添うことで情報を引き出すアリアの声は、周囲の喧騒の中でも柔らかく耳に届いた。
四人の間で簡単な会話が交わされる。
「死人が出たって、本当なの?」シルヴィアが首をかしげる。
「確かだ。地下で……」ライネルは短く答える。
「地下?」マリーベルが目を見開く。「どうして地下に?」
「後でわかる」ライネルは静かに答える。
そのとき、酒場の奥の階段からブルーノが現れた。治安官である。肩には血の跡がついており、歩くたびに雨水と血が混ざった赤い線を残す。
「地下で商人が……殺されました。犯人はこの中にいる」
酒場の客がざわめき、椅子の軋む音や驚きの声が飛び交った。
ブルーノは四人を見渡し、低く告げる。「君たちの力を貸してほしい」
ライネルは眉を寄せ、地下への階段を見下ろす。「石は……何かを隠しているはずだ」
シルヴィアは舌打ちをしながらも興味津々。「面白くなってきたわね」
マリーベルは拳を握りしめる。「許せない……絶対に犯人を突き止める」
アリアは窓辺で小さく息をつき、心を落ち着ける。「焦らず、一つずつ確認しましょう」
階段を下りると、黒と白のまだら模様の石像が微かに脈動していた。人間の形を模しているようで、肌の質感を思わせる光沢を帯びている。
シルヴィアは指を伸ばし触れようとするが、何かに引き止められるように手を引っ込めた。「動いてる……?」
マリーベルは怒りを魔力に変え、石像に炎の光を当てる。「こんなものが生きているなんて!」
ライネルは沈黙のまま、目を細め観察する。
アリアは手を組み、静かに祈るように囁く。「人の魂を引き寄せるものかもしれない……」
酒場の客や使用人たちから、証言を集める。
「昨夜、商人は一人で地下にいた」
「いや、誰かと会っていたはずだ」
「いや、商人は昨夜ここで酒を飲んでいた……」
ライネルは紙に記録を取り、矛盾点をひとつずつ整理する。
シルヴィアとアリアは、互いの言い間違いを交互に拾い上げ、意外にも事件の断片を浮かび上がらせる。
マリーベルは苛立ちながらも、証言者の動揺から隠された事実を引き出す。
雨は弱まることなく、港町全体を灰色の霧で覆っている。
濡れた荷馬車、軋む木製桟橋、揺れる帆船のマスト。人々の声、雨音、炎のパチパチ音……五感に訴える描写で、読者を中世ヨーロッパの港町に没入させる。
ライネルは静かに紙を見下ろす。「この街は嵐よりも、人の心の暗さが恐ろしい……」
酒場の地下の異様な石像、四人の性格差による推理の種、子供たちの父を守る兆し……章末には、次章への伏線が散りばめられている。
ライネルは低く呟いた。「真実は……まだ見えない。しかし、この夜の嵐がすべてを洗い流す前に、証明しなければならない……」




