第0069話 陰謀の匂い
王都の夜は冷たく、鐘楼の音が石造りの街並みに沈んでいった。
探偵団の四人は老執事に伴われ、薄暗い馬車で貴族家の屋敷へ向かっていた。
ライネルは窓辺に腕を組み、黙して外の霧を見つめている。
シルヴィアは退屈そうに靴の爪先で床を叩き、マリーベルは苛立ちを隠そうともせず、
アリアだけが祈るように胸に手を置いていた。
彼らの間に漂う沈黙は、老執事の口からこぼれた依頼の言葉を反芻しているかのようだった。
やがて屋敷に着くと、重厚な門が軋みを上げて開いた。
庭には夜露に濡れた薔薇が咲き誇り、その美しさがかえって屋敷の暗さを際立たせていた。
案内された客間には、絹のカーテン、金糸の刺繍の絨毯。
しかし、そこに漂うのは祝福の空気ではなく、不穏な影だった。
「赤子の誕生は秘され、表立って祝うことも叶わぬのです。」
老執事は低く告げる。
「合図が逆さであったゆえに……。」
シルヴィアが首をかしげた。
「そもそも、その合図ってのは何なんだい?」
執事は壁の奥を指差した。
そこには古びた銅鑼が据え付けられていた。
「我が家では、子が生まれた時、産婆が性別を示す鐘を鳴らす習わしがあります。
男児ならば低く重い音を、女児ならば高く澄んだ音を。
だが――先日鳴り響いたのは、女児を示す音であった。」
「でも実際に生まれたのは、男の子……」
マリーベルが腕を組み、険しい目をする。
「つまり、誰かが意図的に鳴らし間違えたってこと?」
「あるいは……」
アリアが小さくつぶやいた。
「赤子が、本当は存在しないのかもしれません……」
室内の空気が重く沈む。
老執事は震える声で否定した。
「確かに、私はその目で赤子を見たのです。
だが、今は……母子ともに姿を消してしまわれた。」
ライネルは壁に背を預け、低く問う。
「……隠した者がいる。
理由は、赤子の性別に関わることだな。」
その声音には確信めいた重みがあった。
老執事は言葉を濁し、視線を逸らした。
その様子を見て、シルヴィアが口笛を鳴らす。
「へえ、隠しごとがあるのは確かだね。
そういうの、暴くのは得意さ。」
マリーベルは苛立たしげに立ち上がり、窓を開け放った。
冷たい夜風が吹き込み、燭台の炎を揺らす。
「匂うわね。陰謀の匂いが。」
その夜、探偵団は屋敷の廊下を調べた。
壁には秘密の扉の跡。
床下には水のしみた跡が残り、地下へと続く水路の存在を告げていた。
ライネルはその跡に指を触れ、低くつぶやく。
「……底へ続いている。」
彼の眼には、かつて見た暗黒の穴が蘇っていた。
底知れぬ闇に呑まれ、仲間を失った過去。
その記憶が、冷たい汗となって背を伝った。
やがて調査を終えた四人は、再び客間に集う。
窓の外では、いつの間にか雨が降り始めていた。
アリアが静かに言った。
「生まれた子を巡って、家族の中に争いがある……
だから、あの合図は意図的に逆にされたのでは。」
「となると、母と子は……」
シルヴィアが目を細める。
「誰かに隠されている。」
ライネルの言葉が結論を示すように落ちた。
雨音が銅鑼の響きに重なり、逆さの合図が再び鳴ったかのように感じられた。




