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第0068話 合図の逆転

霧が街を覆っていた。

石畳は雨上がりのようにしっとりと濡れ、灯火に照らされて鈍く輝いている。

人々は外套をかき合わせ、路地裏の奥へと急ぎ足で消えていった。

その一角に、苔むした看板を掲げる古びた木造の酒場がある。


《四葉亭》。


扉を押し開けると、薪の燃える匂いと、微かに焦げついたパンの匂いが鼻をくすぐった。

喧噪に混じって笑い声、時折飛び交う小銭の音。

冒険者や行商人、旅人といった雑多な人間が集まり、杯を掲げている。


その片隅に、四人組が腰を下ろしていた。

彼らは常連であり、酒場の者たちにとっては見慣れた顔だった。


土属性の騎士、ライネル。

ずんぐりとした鎧姿のまま、暗い影を背負うように沈黙を守る。

彼の眼差しは火の灯りに溶けず、どこか深い井戸の底を覗くように冷たかった。


風属性の女盗賊、シルヴィア。

反対に軽やかで、笑みを絶やさない。

杯を片手に「ねえねえ」と仲間を肘で小突き、場を崩すことを楽しんでいるようだった。


火属性の魔法使い、マリーベル。

赤髪が炎のように揺れ、気性もまた炎そのもの。

軽口に眉をひそめて「うるさい」と一喝し、たちまち二人の間に火花を散らせる。


水属性の僧侶、アリア。

青白い指で祈りの杯を包みながら、周囲の騒音に怯えた小鳥のように俯いていた。

彼女の声は小さく、誰かに寄り添うことでしか安心を得られないように見える。


四人は似ても似つかない性格を抱えながらも、探偵団として幾つもの難題を解き明かしてきた。

彼らの座す席には、いつも《謎》の影が寄り添っていた。


その夜、扉が重たく軋み、白髪の老執事が姿を現した。

深い皺を刻んだ顔、煤けた外套の裾を引きずりながら、彼は迷うことなく四人の卓へ歩み寄る。


「……ご健在でおられるか、諸君。」


低く湿った声が落ちた。

酒場のざわめきが一瞬引き締まり、客の幾人かが興味深げにこちらを盗み見た。


ライネルが眉を寄せる。

「……依頼か。」


老執事は頷いた。

その眼差しはただならぬものを孕み、言葉を選ぶように口を開いた。


「我が主家において、子が生まれました。」


酒場の空気がわずかに和らぐ。祝い事の話題は、人の心を灯す。

だが、老執事の次の言葉は、その灯を冷水で打ち消した。


「――生まれたのは男児。

 にもかかわらず、鳴り響いたのは《女児》の合図であったのです。」


卓上の杯が微かに揺れた。

シルヴィアが目を丸くし、マリーベルが眉を吊り上げ、アリアは小さく息を呑む。

ライネルはただ沈黙し、老執事の言葉を待った。


「合図が逆さであったことに、皆、不安を抱いております。

 しかも、街には『赤子など生まれていない』との噂まで広がっている。

 ……これは、あり得ぬこと。

 どうか、この謎を解き明かしていただきたい。」


その声音には焦燥と、深い絶望が滲んでいた。


その瞬間、別の足音が響いた。

酒場の奥から、背の高い男が姿を現した。

漆黒の外套に身を包み、目には狡猾な光。


「へえ、面白そうな話じゃないか。」


ライバル探偵、ドルグ。

彼は杯を傾けながら老執事に近づき、薄く笑った。


「出生の謎? 合図の逆転?

 俺が真実を解き明かしてやろう。報酬はもちろん、こちらに。」


シルヴィアが舌打ちし、マリーベルが立ち上がりかける。

アリアが慌ててそれを抑えるが、ライネルの視線だけは揺るがなかった。


静かに、しかし確かに告げる。


「……この依頼、俺たちが受ける。」

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