第0006話 帰還
夜明けの光が、森を抜けた丘を黄金に染めていた。
戦いの翌日、四人は赤ん坊を抱えながら村への道を歩んでいた。雨上がりの草木は露に濡れ、鳥たちの囀りが清らかに響く。
ライネルは前を歩き、大剣を背負い直した。鎧のあちこちが傷だらけだが、背筋は変わらず真っ直ぐだった。
「……あの青年騎士、ただの敵というわけではなさそうだ」
彼の声は低く、深い思索を含んでいた。
「“多頭の影”に縛られた駒かもしれん。いずれ、もう一度剣を交えることになるだろう」
シルヴィアは軽く肩をすくめ、木の枝を指で弄びながら歩いていた。
「ふん、難儀な話だね。でもさ、私は気に入ったよ」
「何がだ?」とマリーベルが怪訝な顔を向ける。
「アンタらと一緒にいると、命がけの毎日がちょっと楽しく思えてくるんだよ」
彼女はひらひらと短剣を回し、にやりと笑った。
マリーベルは呆れ顔でため息をついた。
「楽しい? 私はただ……腹が立つだけよ。影だとか騎士団だとか、偉そうに人を踏みにじる奴らが」
その声には怒りと同時に、炎のように強い決意がこもっていた。
「だからこそ、私は戦うの。もう二度と目の前で人が泣くのは見たくない」
アリアは黙って赤ん坊を抱いていた。幼子はようやく泣き止み、彼女の胸の中で小さな寝息を立てている。
「……この子の未来は、どうなるのかしら」
ぽつりと呟いた声は寂しげだったが、同時に希望を探しているようでもあった。
「多頭の影がはびこる限り、また戦いは続く。でも……」
彼女は赤ん坊の小さな手を握り、微笑んだ。
「きっと、この子が光になる。そんな気がするの」
村の入り口が見えた。人々は四人を出迎え、歓声を上げた。
「帰ってきたぞ!」「盗賊どもは退けられた!」
人々は涙を流し、感謝の言葉を口々に叫ぶ。その中心で、アリアの抱く赤ん坊に目を留め、戸惑いを見せた。
ライネルが一歩前に進み、村人たちに告げた。
「この子は俺たちが拾った。身元も素性もわからん。だが……守らねばならん命だ」
人々はざわめいたが、やがて一人の老婆が進み出て赤ん坊の頬を撫でた。
「なら、この子は村の宝だね。皆で育てよう」
安堵の空気が流れる中、シルヴィアが口笛を吹いた。
「へぇ、いいじゃない。ちっちゃな未来の英雄さ」
「英雄なんて……まだ泣き虫じゃない」とマリーベルが笑った。
「だが泣き声が俺たちを救った」
ライネルの言葉に、仲間たちは一瞬だけ沈黙し、次いで小さく頷き合った。
空は晴れ渡り、雲ひとつない青が広がっていた。
多頭の影はまだ王国のどこかで蠢いている。白鷲騎士団も再び立ちはだかるだろう。
それでも四人は確かに仲間となり、小さな命を守るための新しい旅を始めたのだった。
丘の上で、赤ん坊がふいに目を開けた。
澄んだ瞳が朝日を映し、柔らかな声が空に響いた。
それは泣き声ではなく――未来への合図のような、はじめての笑い声だった。
物語はまだ始まったばかりだ。




