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第0051話 言葉にならない記憶
街の外れにある古びた小屋。
夜の闇が深く落ち、風が軒先をかすかに揺らす。
女は中に入り、肩を震わせながら胸に手を当てた。
「……思い出せない……でも……」
破れた記憶の断片が脳裏をかすめる。
燃える家、叫ぶ声、そして冷たい手。
それらはまるで夢のようで、手を伸ばしても掴めない。
ライネルは静かに女の肩に手を置く。
「怖くない。俺たちがいる」
その声には確かな重みと、揺るがぬ意志があった。
マリーベルは苛立ちを隠せずに腕を組む。
「言葉にならない記憶なんて、嫌いだ。でも……今は守るしかない」
赤い炎の気配が、微かに手のひらに宿る。
アリアは女の手を優しく握り、穏やかに微笑んだ。
「どんな過去があっても、あなたは今ここにいる」
その声は、暗い夜に温かな光を落とすかのようだった。
だが、女の胸の奥では何かがざわめいていた。
夫を失った夜の断片――それが、彼女の心を無言のまま引き裂こうとしている。
震える手、揺れる瞳。
その微細な感覚が、彼女を過去へ、そして真実へと誘う――
小屋の暗がりに、静かな決意が生まれた夜だった。




