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第0042話 瞳は怯えた小鹿

石畳を濡らす夜雨が、古都の路地を静かに打っていた。

城壁の影に寄り添うように佇む一軒の酒場――それが「四葉亭」である。


表向きは旅人や傭兵が集まる憩いの場。だが裏の常連にとっては、

ここは依頼と代行、調査と密談が交わされる探偵ギルドの隠れ蓑でもあった。


木製の扉を押せば、燭台の明かりと葡萄酒の香りが流れ出し、

炉の炎に照らされて賑やかな笑い声が満ちる。


その奥の一角。

四人の若き探偵――土の騎士ライネル、風の盗賊シルヴィア、

火の魔法使いマリーベル、水の僧侶アリア――が、丸い卓を囲んでいた。


「……で、次の依頼はまだ来ねえのか?」

苛立たしげにグラスを叩いたのはマリーベルだ。真紅の髪が炎のように揺れ、眼差しもまた熱い。

「慌てなさんな、マリーベル」

シルヴィアは軽口を飛ばし、椅子をぐらぐらと傾ける。風に靡くような金髪、笑えばどこか胡散臭い。

「依頼なんざ、待ってりゃ転がり込むさ。俺らはいつだって事件に好かれる運命なんだ」


「……運命、ね」

低い声で呟いたライネルは、分厚い革の手帳に羽根ペンを走らせていた。

鎧に覆われた土色の瞳は陰鬱で、仲間の会話にもほとんど目を上げない。

「事件は好かれて来るもんじゃない。誰かが押し付けてくるだけだ」


「……でも、来なかったら寂しいです」

小さな声を落としたのはアリアだった。蒼い修道服の裾を指で弄びながら、

炉の火を見つめる。


寂しげな笑みには、

柔らかな悲しみが宿っていた。


四人が次の依頼を待ち構えていた、そのとき――。


扉が乱暴に開いた。

外から流れ込む冷風と雨しぶき。その中に、ひとりの女が立っていた。


彼女は泥に汚れた外套をまとい、瞳は怯えた小鹿のように揺れている。

「……助けて。私……わたしが誰なのか、思い出せないの……」


酒場のざわめきが止まり、四葉亭の空気が張り詰めた。

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