第0314話 雨宿りをした過去の物語が、現実の経験となり、彼らの心に光を灯す
◆◆ 雨の影との対峙
冷たい雫が落ち、闇の空間で波紋のように揺れる“雨の影”。
一行の心拍は一瞬にして加速する。だがアシュレイの眼差しは揺がなかった。
「……怖れでは、俺は止まらない。」
マリーベルは炎の魔力を掌に集め、足元を照らした。光が水滴に反射して、影はさらに不規則に揺れる。
シルヴィアは風を巻き起こし、影の輪郭の変化を読み取ろうとする。
アリアは祈りを唱え、水の気配を自らの感覚に引き寄せた。
ライネルは足元の土を探り、影の動きがどこに集中するかを探った。
「——全員、集中しろ。今度は感情に流されるな。」
アシュレイは声を低くし、剣を握り締める。
影は瞬時に形を変え、空間に広がる水の塊のようにうねった。
捕らえどころのない“存在”は、まるで一行の感情を映す鏡のようだ。
恐怖が、怒りが、悲しみが——水の塊に反応して揺れ、波となって迫る。
「感情を読み取っている……いや、試されているんだ!」
アリアが声を上げる。彼女の手から、水の結界が薄く現れた。影の一部を受け止める。
マリーベルは炎で応じた。水を蒸発させる勢いで攻撃を仕掛ける。
だが、影は容易に分裂し、消えることなく再び集合する。
シルヴィアが風で隙間を突き、影を小さく分断する。
ライネルは土を押し固め、水の足場を崩す。
すべてが“反論”の連携だ。
恐怖や嫌悪という感情に、彼らは力で返すのではなく、技と連携で立ち向かっていた。
◆◆ 雨の影の正体
激しい応酬の末、影の中心に小さな“人影”のような揺らぎが現れた。
アシュレイは息を呑む。
「……あれは……」
水の中に人間の胎児の形がかすかに見える。
あの日、奪われた命の象徴が、今、水の集合体として現れていたのだ。
嫌な感情——怒り、悲しみ、復讐心——
それらが影を形作り、現実と現象の境界を曖昧にしていた。
アシュレイは静かに剣を下ろした。
恐怖も怒りも、今は制御可能だと知っていた。
「——俺たちは、争うのではなく、理解しなければならない。」
マリーベルも炎を緩める。シルヴィアは風を落ち着け、アリアは深く息を吸った。
ライネルは一歩前に出て、土の感覚で水の塊の動きを読み取る。
そして、アシュレイが低く声を出した。
「お前は、怨念でも呪いでもない……
ただ、形を持たぬまま、ここに存在する者だ」
◆◆ 受け入れと祝福
水の胎児のような影は、ゆっくりと波紋を収めた。
周囲の水滴は一つひとつ静かに落ち、空気の中に溶けていく。
アリアは手を合わせ、声を震わせる。
「あなたの存在を認めます。
もう、誰も傷つけませんように……」
マリーベルは魔力を消し、瞳を潤ませた。
「怒りはもう、ここにはいらない……」
シルヴィアは微笑み、風を軽く巻き起こす。
「不思議ね……怖かったのに、なんだか清々しい」
ライネルは剣を地面に置き、深く息をついた。
「境界を守るのは、力だけじゃない……理解と受容だ」
アシュレイは四人を見渡す。
「俺たちは、嫌な感情を否定したのではない。
理解し、反論し、そして祝福した」
水の影は、もはや脅威ではなく、静かに存在を許された。
雨宿りをした光源氏の物語のように——
不吉な雨でさえ、受け入れるべき教訓となったのだ。
◆◆ 光差す街
地下水路を抜け、地上に戻ると、街は雨上がりの清浄な光に包まれていた。
水滴が石畳に反射し、四人の影を長く伸ばす。
アシュレイは微笑む。
「——これが、嫌な感情への答えだ」
マリーベルは炎を小さく灯し、微かに笑った。
「私の怒りも、今日で一区切りね」
シルヴィアは足を揺らして、陽光の下で深呼吸する。
「心地いい風ね。あの雨の影も、今はもう怖くない」
アリアは手を合わせ、街に祈りを捧げた。
「嫌な感情は、成長の糧になる」
ライネルは黙って頷く。
「俺たちは、心の境界を守った。
恐怖も怒りも、理解と受容によって祝福されたのだ」
アシュレイは街の光に目を細める。
長い夜を越えた後、雨は再び希望の光に変わる。
嫌な感情もまた、祝福されるべき存在であることを、彼らは知ったのだ。
◆◆ 後日談
四葉亭に戻った一行は、夜の余韻をゆっくりと味わう。
酒を酌み交わし、笑い合い、互いの無事を祝う。
雨の影の記憶は、もはや恐怖ではなく、人生の教訓として胸に刻まれていた。
アシュレイは最後に呟く。
「嫌な感情は、抑えるものでも、拒むものでもない。
理解し、反論し、そして祝福すればいい」
四人は笑い、微かに頷いた。
雨宿りをした過去の物語が、現実の経験となり、彼らの心に光を灯す。
夜明けの光に照らされ、街は静かに、新たな一日を迎えた。




