第0307話 全ての誤解は、事実という光の中で整理され、解きほぐされていく
夜の四葉亭は静かだった。
四人は長椅子に腰を下ろし、祭壇で見つけた逆向きの紙片を前にして、それぞれの思考を巡らせていた。
ライネルは指先で紙片の文字をなぞる。
「足跡、合図、アリバイ……全ては“誤解を生む記号”だ。
それをどう扱うかが、我々の仕事だ」
シルヴィアが腕を組み、軽く口を開く。
「嫌な感情――恐怖や疑念、猜疑――にどう反論するかね。
普通なら、見なかったことにしてしまうんだけど」
マリーベルが杖を握り、炎の魔力を小さく灯す。
「普通じゃ駄目なの。
火の属性は、正確に燃え広がる熱を知る。
誤解の連鎖も同じ、明るく照らさなければ消せないわ」
アリアは手を組み、静かに語る。
「水は形を変えて、障害を避けることができる。
嫌な感情を流すには、まず“事実”を浸透させるしかない」
ルシアンはまだ震える手で紙片を握りしめる。
「……僕の潔白を、どうやって証明するんですか?」
ライネルは静かに答えた。
「証明のための工夫は、三段階だ。
一つ、記号の意図を分析する。
二つ、誰が誤解を望んだのかを特定する。
三つ、事実を積み上げて、感情の嵐を鎮める」
■第一段階 ― 記号の分析
まずは“逆向きの足跡”。
ライネルが説明する。
「足跡は後退して刻まれたように見える。
だが深さは均一。普通なら後退は不安定になるはずだ。
つまり、誰かが意図的に作った痕跡」
マリーベルが補足する。
「魔力や装置を使えば、足跡を逆に見せることも可能。
恐怖を誘うのが目的ね」
アリアが加える。
「“逆・客をもてなす合図”も同様です。
歓迎の象徴を逆さに置くことで、心理的な不安を作る。
疑念は、容易に膨らむ」
シルヴィアが手を打つ。
「つまり、全部“誰かの罠”ってことね」
■第二段階 ― 誰が誤解を望んだのか
ライネルはルシアンに向き直る。
「誰が得をする? 誰が恐怖や疑念を見たい?」
ルシアンは小さく息を吐く。
「……兄の家の使用人たちの一部です。
僕を疑わせることで、他の問題を隠せるのです」
マリーベルが鋭く視線を向ける。
「内部犯ね。
外部の魔力や悪魔の子供に見せかけることで、責任逃れを狙っている」
アリアが静かに頷く。
「悪魔の子供の影は、心理的な障害として置かれた“記号”です。
誰も触れられない恐怖を象徴させることで、真実を覆い隠す」
■第三段階 ― 事実の積み上げ
シルヴィアが紙片を見つめ、笑う。
「さて、感情に反論するには“行動”が必要ね。
怖がってるだけじゃ、誤解は消えない」
ライネルは静かに頷く。
「記号を分析し、犯人を特定した。
次は、事実を明示する。
昨日の足跡は作り物だ。
花束は仕込みだ。
アリバイの矛盾も、誤解によるものだ」
ルシアンの顔に安堵が広がる。
「……それを、兄嫁に見せれば……」
アリアが口を開く。
「無垢を示すためには、目に見える証拠が必要です。
そして恐怖や疑念の連鎖を止めるためには、行動が伴わなければなりません」
マリーベルが杖を揺らし、光の粒を飛ばす。
「火のように、誤解の炎を消す。
照らせば、恐怖はただの影だと分かる」
シルヴィアも笑みを浮かべる。
「風は吹き流す。疑念は散る」
■ドルグへの挑戦
ライネルは立ち上がり、拳を握る。
「これが、嫌な感情への反論だ。
ただ恐れるだけではなく、真実を明らかにする」
そのとき、酒場の入口に冷たい視線が落ちた。
ドルグが現れ、静かに言う。
「なるほど、君たちは記号の意味を読み解いたか。
しかし、私の存在もまた障害だ。
果たして、君たちは“嫌な感情”を完全に解消できるのか?」
ライネルは剣を構え、真っ直ぐに答える。
「証明する。
疑いの中にある清らかさを、必ず示してみせる」
アリアがルシアンに微笑む。
「恐怖や猜疑も、私たちと共に歩けば、やがて溶けていくわ」
マリーベルが杖を振ると、炎が小さく舞い、廊下の暗がりを照らした。
シルヴィアは軽く短剣を振るい、風を巻き起こす。
「さあ、ドルグ、影を作るのはあなたの特権だけど、
私たちは恐れずに進む」
その光と風の中で、廊下に漂っていた嫌な感情が少しずつ薄れた。
紙片、足跡、合図――
全ての誤解は、事実という光の中で整理され、解きほぐされていく。
■章の終わりに
四人とルシアンは、真実の筋道を整理しながら、
次なる段階へ進む決意を固めた。
誤解の連鎖を断つ――
嫌な感情に反論する――
それこそが、兄嫁と夫の弟が迎える“静かな夜”への道筋だった。




