第0306話 兄嫁と夫の弟が迎える静かな夜の真実
聖堂の扉を押し開けると、冷たい石の香りが鼻を打った。
薄明かりの中、四人とルシアンは足を踏み入れる。昨日の逆向きの足跡や“逆・客をもてなす合図”の印が、まだ心に引っかかっている。
ライネルは剣の柄に手を置き、廊下の暗がりを見据える。
「――敵は、動いている。
私たちの前に、すぐに現れるだろう」
シルヴィアが肩をすくめ、軽く笑った。
「さすが土の騎士、先が読めるわね。
でも、あの影――悪魔の子供――まだいるのかしら?」
マリーベルが手元の杖に力を込める。
「影か、魔か。誰が仕組んだとしても、この障害を超えないことには、真実に届けないわ」
アリアは胸の前で手を組み、静かに祈る。
「……この嫌な感情を、ただ見過ごすわけにはいきません。
恐怖や疑念を、少しずつ確かめていくしかない」
■廊下に潜む陰
廊下の先、石の壁に沿って微かに動く影がある。
ドルグか、それとも悪魔の子供か――。
四人は息をひそめ、一歩ずつ近づいた。
突然、影が壁から飛び出す。
――それは悪魔の子供の幻影だった。
小さな背丈だが、眼光は冷酷で、人間には感じられない鋭さを放つ。
シルヴィアが短剣を構える。
「本当に邪悪ね……でも、動きは軽い。まるで風」
ライネルは構えを固める。
「風の属性だけでなく、土の安定も必要だ。
無駄な動揺を与えない」
マリーベルが杖を高く掲げ、炎の魔力を集中させる。
「この障害を排除する……のではなく、
“足跡の謎”の一部として記録する。
焦れば、真実を見失うだけ」
アリアはゆっくりと声をかけた。
「幻影よ、恐怖を撒き散らすなら、少しは理解してみせてください」
影はふっと消え、静寂だけが残る。
しかしその背後に、もう一つの存在――ドルグの気配があった。
冷徹な眼差しが、四人をじっと見据えていた。
■ドルグの試練
ドルグは一歩前に踏み出すと、低く言った。
「君たちには、“誤解の記号”を見抜く目があるか。
もし迷えば、事件は永遠に“密会”の謎に覆われる」
ライネルは答える。
「迷わない。
誰が誤解を作り、誰が無垢であるか――
それを証明するまで、止まらない」
ドルグは冷笑する。
「そうだろうね。しかし、君たちは“協力者”を見つけなければならない。
援助者の存在――靴のために足を切る者――
その意味を知れば、次の障害が見える」
アリアが眉をひそめる。
「靴のために足を切る……?
それは寓話のような言い伝えです。現実の事件にどう関わるの?」
マリーベルが杖を地面に置き、考え込む。
「象徴か、あるいは実際に存在する人物か……
もし後者なら、足跡の“逆向き”も、あの足を使った者によるものかもしれない」
シルヴィアが軽く口を挟む。
「ってことは、足跡を作ったのは“援助者”ってこと?
それとも悪魔の子供? それとも……」
ライネルが指を天井に向けて静かに制する。
「まだ推測の域を出ない。
しかし、目の前の障害――幻影も、ドルグも、すべて“真実への手掛かり”だ」
■初めての突破口
廊下の先、祭壇に近づくと、ルシアンが小さく声を上げる。
「……あ、これ……」
小さな紙片が祭壇の縁に置かれていた。
墨で逆さに書かれた文字は、まるで昨日の合図と呼応している。
ライネルが手に取る。
「“逆・真のアリバイを証明しようとする”――
これだ。過去にルカが残した証拠の断片だ」
マリーベルが眉を寄せる。
「アリバイを証明しようとして、逆に誤解を生んだ……ってこと?」
アリアが静かに頷く。
「ええ……誰もが無垢であることを、知らずに疑ってしまった結果です」
シルヴィアが指を鳴らした。
「なるほど、誤解の連鎖ね。
足跡も、合図も、アリバイも――すべて“誰かの疑念を呼ぶ記号”として残っている」
ライネルはゆっくりと紙片を祭壇に戻した。
「障害は越えた。
しかし、最も厄介な試練は、まだこれからだ――」
ドルグの冷たい視線は、四人が次に何をするかを試すかのように、静かに追っていた。
その視線を感じながら、四人は深呼吸をし、再び足を前に進める。
――嫌な感情の中で、真実の糸を紡ぐために。
■章の終わりに
石造りの廊下を抜け、祭壇の影に残る微かな香りを胸に、四人は決意を新たにした。
足跡、合図、アリバイ。
嫌な感情――恐怖、疑念、猜疑――を超えて、
それらが示す真実の意味を、一つずつ紐解く。
次の障害を乗り越えた先に、無垢の証明と、
兄嫁と夫の弟が迎える静かな夜の真実が待っている。




