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第0304話 嫌なものに見える記号は、必ず意味が解けるときが来る

 四葉亭を出た四人とエレナは、夜気に包まれた王都の街路を歩いていた。石畳はまだ昼の熱をわずかに残しているが、風が通り抜けるたびに冷たさが肌を刺す。街灯の火が揺れ、道に伸びた影は生き物のように形を変えた。


 ライネルは剣の柄に手を置きながら、低くつぶやいた。


 「……どんな“足跡”か、確かめないことには始まらない。」


 シルヴィアが横から覗き込み、軽口を叩く。


 「アンタの推理っていつも硬いのよね、土の騎士さん。

 もっと“柔軟に”考えたらどう?」


 「柔軟に地面が崩れてほしいのか。」


 「うわ、怖っ。冗談よ冗談。」


 アリアは二人をたしなめるように微笑む。


 「落ち着いて。……エレナさんが怯えてしまうわ。」


 エレナは首を横に振る。


 「大丈夫……あなたたちがいてくれれば。」


 その言葉に、四人の間でささやかな連帯感が芽生えた。

 嫌な感情の芯に触れながらも、誰かを守る責務が胸を温めていた。


■フェスラー家の屋敷 ― “逆向きの足跡”


 エレナの屋敷は王都でも古い歴史を持つ石造りの邸だった。

 門をくぐると、整えられた庭が広がり、夜露が草を濡らしている。

 月光が白く降り注ぎ、影は濃く沈んでいた。


 シルヴィアが足を止め、指をさした。


 「……見つけたわ。“逆向き”ね。」


 そこには、確かに足跡があった。

 しかしそれは普通の軌跡ではない。


 屋敷の窓辺へ、外から向かって“逆に刻まれた足跡”。


 まるで誰かが後ずさりしながら屋敷へ入っていったかのような、不自然な向き。


 ライネルがしゃがみ込み、慎重に土を指でなぞった。


 「深さが均一だ。普通、後退するときは重心が乱れて深さが変わる。これは……」


 「“前に進んだ”足跡を、逆向きに刻んだ……ってこと?」


 マリーベルが眉をひそめる。


 「わざわざそんなことをする理由があるとすれば――

 『見た者に誤解させたい』という意図しかないわ。」


 エレナの顔から血の気が引いた。


 「……そんな……じゃあ、本当に何者かが……」


 アリアがそっと彼女の肩に触れ、静かに言う。


 「でも、逆向きの足跡は“記号”にすぎません。

 真実ではなく、真実に見せかけた“作られた不安”です。」


■玄関の“花束” ― かつての合図


 続いて玄関へ向かうと、マリーベルが低く声を上げた。


 「これ……『古いもてなしの合図』ね。

 昔、客人を密かに迎え入れるとき、同じ花を使ったって聞いたことがあるわ。」


 エレナは震える唇で言った。


 「わたし……飾った覚えはないの。

 誰が置いたのかも……。」


 シルヴィアが花束を手に取り、くるりと回して見つめる。


 「新鮮ね。数時間前に置かれたもの。

 わざわざ“見つけてください”って言ってるみたい。」


 ライネルが静かに言う。


 「足跡も、花束も……お前たち家族を疑心の渦に落とすための“装置”だ。」


 マリーベルが頷いた。


 「つまり、犯人は“誰が密会していたか”じゃなくて

 『あなたが誰を疑うか』に興味があるのよ。」


■“アリバイの崩壊” ― 家の中の矛盾


 一行は屋敷の内部へと進んだ。

 石造りの廊下は静まりかえり、外の風すら届かない。

 エレナが案内するままに、ルカ――夫の弟――の部屋へ向かう。


 部屋に入ると、机の上にはいくつもの紙束が散らばっていた。

 その中央に、1枚の紙切れが置かれている。


 アリアがそれを拾い上げた。


 「これは……?」


 エレナが言う。


 「ルカはあの日、商会の会議に出ていたと言っていたの。

 その証明になる書類を提出しようとしたら……

 急に“会議はその時間にはなかった”と言われて……。」


 マリーベルは顎に手を当てた。


 「証言が食い違い……つまり、ルカのアリバイを壊そうと働いている人物がいる。」


 シルヴィアが視線を鋭くする。


 「ねぇエレナ……その証言をした人たちって、

 全員同じ商会の関係者でしょ。」


 エレナは小さく頷く。


 「ええ……みんな夫の家に古くから仕えていた人たち……。」


 ライネルはゆっくり立ち上がり、部屋の窓辺を見つめた。


 「足跡、花束、食い違う証言……

 どれも“外部犯”より“内部の誰か”の匂いが強い。」


 しかし、アリアだけが別の方向を見ていた。

 彼女の眼差しは窓の外へと吸い寄せられる。


 庭を横切る、小さな影――。


 夜の闇に、子供の背丈ほどの黒い影が揺れた。

 それは足跡を踏まず、滑るように動く。


 アリアは息を呑む。


 悪魔の子供――?


 その瞬間、影はふっと消えた。


■最初の波紋


 アリアが振り返り、四人に告げようと口を開いたとき――

 廊下の奥から、乾いた音が響いた。


 “コツン……コツン……”


 誰かの足音。

 だが、その音は不気味なほど軽く、規則的で――


 まるで足を地面に着けていないような足音だった。


 シルヴィアが短剣に手を伸ばす。


 「……誰よ?」


 ライネルが全員を背後に庇うように前へ立つ。


 そのとき、廊下の闇の奥から声がした。


 「やあ、こんな夜更けに調査かい?

 ――四葉亭の探偵さんたち。」


 闇の中から現れたのは、

 黒い外套を翻し、冷えた笑みを浮かべる男。


 探偵ドルグ。

 四人の“対抗者”にして、王都で名を馳せる皮肉屋の探偵。


 彼は手に一枚の紙を持ち、軽く振る。


 「ルカ坊ちゃまの“アリバイが本物だった証拠”、

 僕が先に見つけちゃったみたいだよ。残念だったね。」


 シルヴィアが舌打ちし、

 マリーベルは不快そうに目を細め、

 アリアは不安を押し殺すように胸を押さえた。


 ライネルだけは、表情ひとつ動かさずに言った。


 「ドルグ……お前、何を握っている?」


 ドルグは唇の端をつり上げた。


 「さあね。でも言えることはひとつ。

 この事件、君たちが思っているよりずっと“純粋”で“残酷”だよ。

 その境目を嗅ぎ分けられるかな?」


 言い残し、ドルグは踵を返して闇に消えた。


 廊下に、嫌な沈黙が落ちた。


 エレナが震える声で言う。


 「どうして……どうしてこんなことに……?」


 アリアはそっと彼女の手を握り返し、静かにささやいた。


 「大丈夫。

 嫌なものに見える記号は、必ず意味が解けるときが来る。

 私たちはそのためにここへ来たのだから。」


 四人は、ドルグの去った闇を見つめながら誓った。


 “嫌な感情”の底に潜む真実を暴く――。


 その夜、フェスラー家の屋敷に、

 ほんのわずかながら光が差した。

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