第0030話 踵と爪先が逆
朝の光がまだ薄い。霧が神殿の石段を濡らし、濃い影を落としていた。
四人は静かに階段を上がる。足音ひとつでさえ、
石床に響き、神殿の静謐を乱すのではないかと緊張が走る。
「……寒いね」
シルヴィアが肩をすくめ、マントをきつく巻き直す。
風の匂いは湿り気を帯び、わずかに焦げた香木の香りが混ざっていた。
この空気だけでも、何か異質なものを孕んでいることが分かる。
マリーベルは指先に炎を灯し、足元を照らす。
「魔力の痕跡が薄い……でも確かに存在している」
火の揺らめきが床の細かな凹凸に影を落とす。
「ただの幻影じゃない。物理的に踏まれた跡よ」
ライネルは屈み込み、冷たい石床を観察する。
眉をひそめ、指で足跡の輪郭をなぞる。
「……踵と爪先が逆だ」
「逆さ歩き?」シルヴィアは首を傾げる。
「それとも……誰かが偽装した跡?」
アリアはそっと手を床に置き、瞼を閉じた。
「これは生きている者の足跡じゃない……死者の冷たさが残っている」
声はかすかに震え、呼吸も止まるほどの緊張が四人を包む。
一瞬の沈黙。神殿の奥、蝋燭の光が長い影を伸ばし、壁の彫刻が不気味に揺れる。
「ふむ……冤罪どころじゃないな」
シルヴィアが口笛を吹き、軽口を交わす。
「死人に歩かせて、罪を捏造したってわけ?」
ライネルの顔は険しい。
「だとすれば、背後に大掛かりな儀式を行う者がいる。
我々はただの足跡偽造ではなく、教団の影を追っているのだ」
神殿の空気が、一段と重く沈む。
四人の心臓もまた、冷たい石床の感触を反映するかのように、凍りついた。




