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第0292話 “地面そのものが呼吸している”

泡立つ大地が生まれる丘は、

村外れにぽつんと盛り上がる奇妙な地形だった。

それは土でも岩でもなく、

“地面そのものが呼吸している”ような感触があった。


ライネルが槍の柄で軽く突くと、

ぼこり、と鈍い音を立てて沈み、

内部に向かって小さな気泡が走る。


「……気味が悪いな。

大地が液体なのか固体なのか、判断がつかん」


シルヴィアはしゃがみ込んでその表面を撫でる。


「触ると……あったかい。

普通の地面は、こんな風に脈打たないよ」


マリーベルは慎重に魔術書を開いた。


「異界の呼気に似てると言ったでしょう?

大地そのものが“向こう側”と繋がってる。

でも、泡が生まれるペースが速いわ。

何かがこちらに“出ようとしている”」


アリアは身を震わせた。


「ほんとうに……レネアさんがここで……?」


青年の案内で、

四人は泡の大地の縁をぐるりと回った。

しばらくすると、

地表がひどく凹み、内側から拳で押したような跡がある場所に着いた。


青年が震える指で指し示す。


「あそこだ……あそこでレネアと会った。

いつも通りの姿だった……最初はな。

けど……少しずつ皮膚が白く濁って……

固まっていったんだ」


アリアがしゃがみ込むと、

土に手を当て、祈るような仕草で語りかける。


残香ざんこうがある……人の“温かさ”と……

違うものが混ざってる」


シルヴィアが目を細めた。


「違うもの?」


「ええ……“生まれたての何か”。

でもまだ形になりきれてない……そんな感じ」


その言葉が落ちた瞬間、

泡の大地がぐらりと揺れた。


ぼこっ……ぼこぼこぼこ……


地面が膨れ、

まるで巨大な泡が地表を割って出てくるかのように、

半透明の“殻のようなもの”が盛り上がった。


ライネルが剣を構える。


「下がれ!」


殻がぱきん、と割れた。


中から現れたのは――


女の輪郭をした何か。


輪郭は人間と同じだが、

皮膚はまだ乾ききらず、

石膏のように白く、ところどころが泡状に膨らんでいる。


しかし青年が叫ぶ。


「レネア!!」


その声に――

その“女のかたち”は、

ゆっくりと顔の角度を変えた。


目の位置らしき窪みが青年の方へ向く。

胸の奥底をざわつかせる、

不穏な動き。


アリアは涙声で呟いた。


「……呼ばれて応じてる……

たとえ本物でなくても……呼んだ者の名を、覚えてる……?」


青年は駆け寄ろうとしたが、

シルヴィアが腕を掴んで止めた。


「だめだ、まだ近づくな。

あれは……“完成してない”」


女の形はゆっくりと青年へ手を伸ばした。

だがその腕は途中で崩れ、

泡を撒き散らし、

地面に溶けていく。


青年が絶叫した。


「レネア!! やめろ、戻ってきてくれ!!」


マリーベルが魔法陣を広げ、

高熱の炎を周囲に走らせる。


「泡の体を固めるわ! 逃げないで!」


しかし、

女の輪郭は炎を反射するだけで、

まるで別次元の物質のようだった。


やがて、

その“女”は青年の前で膝を折り、

泡をぼこぼこと吐きながら、

身体そのものがしぼんでいった。


青年は拳を握り締めたまま動けない。


「どうして……どうしてレネアじゃないんだ……

でも……あの仕草……あれは……!」


青年の記憶が“本物”として再構成されているのか。

それとも存在の正体が曖昧なのか。


四人の胸に嫌な感情が渦巻いた。


――何が本物で、何が偽りなのか。


ライネルは深い溜息をついた。


「……青年。

お前のレネアは、どこかで“再構成”されたんだ。

泡の大地が、何かを吸い上げ、

別の形に作り替えている」


すると、シルヴィアが声を潜めた。


「泡の大地を利用してる連中がいる。

さっきの“殻”……人の形を模造してるなら、

誰かが裏で手を引いてる」


マリーベルは目を細める。


「この周辺、最近妙な噂があるわ。

警察や探偵が犯罪組織に潜入してるって。

“合言葉”を知らないと入れない場所があるってね」


「合言葉……?」


「“あり得ぬものを述べよ”っていうらしい。

それを言える者だけが中に入れる」


アリアが顔を上げる。


「それってまさか……

“馬に角が生え、烏の頭が白くなる”……?」


四人は顔を見合わせた。


青年が震えた声で言う。


「俺……その言葉、レネアが死ぬ前に聞いたんだ。

『馬に角が生え、烏の頭が白くなる日、

真実が泡立って出てくるのよ』って……!」


四葉亭に現れた老人の言葉と同じだった。


ライネルは決断する。


「向き合うべき“嫌な感情”がはっきりした。

真実は不快だが――

向かわなければ何も始まらん」


青年は涙を拭き、深く頭を下げる。


「頼む……レネアの本当の姿を……見つけてくれ……!」


泡の大地がまたぐらりと波打つ。

あたかも、次の“存在”を生み出す準備をしているように。


四人は武器を構え、

泡の丘の奥へと踏み込んだ。


“あり得ぬものが現実を侵食する世界”で、

存在の正体を見極めるために――。

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