第0266話 言葉と現実の錯誤、意図と結果のすれ違い
事件から数日後。
四葉亭の暖炉の火は、静かに揺れていた。
外の雨は止み、灰色の空に淡い光が差し込む。
街の人々は、未だあの鐘楼の異変を口にしながらも、日常を取り戻しつつあった。
ライネルは、静かに剣を拭きながら呟く。
「人間は、言葉を恐れる。しかし、それを理解し受け入れれば、
嫌な感情でさえ祝福に変えられる」
アリアが小さく頷き、手にした数珠を揺らす。
「祈りも、願いも、怒りも悲しみも……すべて同じ“声”だったんですね」
シルヴィアが窓の外を見ながら笑う。
「そうねえ。嫌なことも、笑い飛ばせば、ちょっとはましになるわね」
風の気配に髪が揺れ、彼女の表情はいつになく柔らかい。
マリーベルが焚き火に手をかざし、炎を揺らす。
「やれやれ、火も風も水も土も、最後は私たち次第ってことね。
今回みたいに、暴走しても、対処法を知ってれば防げる」
ライネルは石畳に置かれた小さな石を手に取る。
かつて墓から掘り出された“言葉の欠片”。
光を受けて淡く輝くその形は、人の姿に見えたり、石に見えたりする。
「人間だと思って刀で切ったら石だった」
――今回の一連の出来事の象徴だ。
思い込みや誤解、意図と結果のずれ――
それらを否定せず、理解し、受け入れることで初めて、心は平穏を取り戻す。
アリアが静かに言う。
「私たち、嫌な感情にも感謝していいんですね」
ライネルは微かに笑った。
「もちろんだ。嫌な感情があるからこそ、
言葉の価値も、人との境界も理解できる」
シルヴィアが片手をあげ、乾いた笑い声を残す。
「じゃあ、次に嫌なことが来たら、また笑って迎えればいいのね」
「その通り」
マリーベルが炎を一閃させ、にやりと笑う。
「嫌な感情は、敵じゃなく、教師――だね」
そのとき、四葉亭の扉が静かに開く。
外の雨上がりの光が差し込み、空気が清らかに揺れる。
小さな子供が一人、扉をくぐって店内に入った。
手には、拾った小石を握りしめている。
アリアが微笑む。
「誰かが、また“言葉”を届けようとしているのかもしれませんね」
ライネルは石を掌に載せ、そっと手を重ねる。
「その時は、受け止めればいい。
言葉も感情も、すべては生きている証だから」
四人は、窓の外に広がる街を見つめる。
雨に濡れた石畳は光を反射し、まるで生きているかのように輝いている。
――言葉と現実の錯誤、意図と結果のすれ違い。
人間と非人間の境界の混乱。
それらすべては、今や過去の物語となり、
しかし確かに彼らの胸には、学びと希望として刻まれていた。
雨上がりの街に、微かに光の虹が架かる。
嫌な感情は、もう恐怖ではない。
――受け入れ、理解し、祝福できるものになったのだ。
そして四葉亭の暖炉の火が、静かに揺れる。
その光が、雨の雫と街の石畳を照らし、
小さく、しかし確かに、未来への道筋を描いていた。




